2002年12月
演奏曲目
- 学生指揮 運命の歌
- 畑中指揮 淡彩抄
- 北村指揮 男声合唱組曲「中勘助の詩から」
- 畑中指揮 The Student Prince〜学生王子〜
先生の言葉 畑中・北村・大久保・谷池・綱川・前田
慶應義塾塾歌
第1ステージ
「運命の歌」
- 作詩 Friedrich Hölderlin
- 作曲 Johannes Brahms
- 編曲 北村協一
- 指揮 坂下 尚
- ピアノ 前田勝則
▲TOPへ戻る
第2ステージ
「淡彩抄」〜男声合唱版
- 泡
- 蛍
- 入墨子
- 涼雨
- 別後
- 燈
- 天の川
- 青蜜柑
- 鷺
- 春近き日に
- 作詩 大木惇夫
- 作曲 別宮貞雄
- 編曲 北村協一
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 谷池重紬子
▲TOPへ戻る
第3ステージ
男声合唱組曲「中勘助の詩から」(現役・OB合同ステージ)
- 絵日傘
- 椿
- 四十雀
- ほほじろの声
- かもめ
- ふり売り
- 追羽根
▲TOPへ戻る
第4ステージ
「The Student Prince〜学生王子〜」
- GOLDEN DAYS
- DRINKING SONG
- DEEP IN MY HEART, DEAR
- SERENADE
- STUDENT-MARCH SONG
- 作詞 Dorothy Donnelly
- 作曲 Sigmund Romberg
- 編曲 北村協一
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 谷池重紬子
▲TOPへ戻る
専任指揮者・畑中 良輔
「淡彩抄」について ―男の情念―
「えっ? ワグネルで“淡彩抄”?」 この歌曲集を知る人の殆どが、「今年のワグネル定期で淡彩抄を」というと、不思議そうな目で私を見つめる。
1948年、第17回音楽コンクール第1位入賞(内田るり子初演)後、51年NHK放送初演(畑中更予)と、初演以来この歌曲集は、吉沢淑子(パリ初演)、伊藤京子、中村邦子らの名歌手によって歌われてきた。そのためでもあるまいが、“淡彩抄”というと一般には女声のための歌曲集という印象が強いのは否めない。
しかし大木惇夫(この話を書いた当時は篤夫)のこの詩を読んでほしい。大木のひたむきな、報われなかった恋の念いが、彼の若さと共にここに刻まれている。その念いはむしろ淡々と、静かな語りくちである。しかしその静かな語りくちの中に、一皮むけば何と烈しい男の情念が、今にも噴き上げて来そうな気配を見せている。例えば第1曲「泡」を読んでみよう。―サイダー(当時はシャレた飲みものだった)の泡が消えるように、自分たちの恋もこれで終わりだ。あなたはさり気なくほほえんで“さようなら”を云う。秋の日の暮れていくように恋はこんなにも早く終わってしまうのか。別れをさり気なく宣告された自分の耐え難い念いは、窓の外に絶え間なく落葉するプラタナスの枯葉そのものだ。―さり気ない別れと、それに耐える男の抑えた情念の対比が、たった2頁、13小節に凝縮される。それは4幕のオペラ以上の濃さの中に描かれる。このドラマを誰が読みとるのか。まだ20代の別宮貞雄がこのドラマを指向して作曲したわけではあるまいが、彼はこの詩の中にひそむ悲哀のドラマを無意識のうちに、音楽家の本能としてこれを捉えたのだ。何気なく読み過ごされてしまうこの4行の詩から、男の情念が読み取れる筈である。このように、大木惇夫のこれらの詩をひとつひとつ読んでいくと、別宮貞雄の青春の光と影が大木の詩を透かして浮き上がって来る。何とナイーヴで、率直な青年の“心の痛みと癒し”であろうか。私はこうした2つの面をこの歌曲集から「男声合唱」という形で表現してみようと思った。ずっと以前、別宮氏に「淡彩抄を男声合唱に編曲してみて欲しい」と云った。しばらくして「手がけてみたけど、男声合唱はむずかしくてどうも。女声ならできるけど。――誰かやってくれる人がいれば。――」という返事だった。それから十何年経った。今のワグネルの編成は“淡彩抄”にふさわしい。この曲集のこまやかさは大合唱では到底表現できまい。男声合唱を知り抜いた、数々の名編曲を手がけてきた北村協一君に頼んで、ここに“男の情念のこまやかさよやさしさ”を歌い上げる名篇が生まれた。この“念い”が今日御参集の皆様それぞれの心に届くだろうか。今の私のもてる全てをこの演奏に賭けたいと思う。
▲TOPへ戻る
客演指揮者・北村 協一
今回の「中勘助の詩から」を取り上げたことは
100周年記念演奏会は昨年、2001年でした。その時、ワグネルにハーモニーを復活させようと、新しい形の合同ステージとして、現役と卒業生が、練習の始めから演奏まで全て一緒に音楽を作り、ステージに臨むということを試みました。普通、合同ステージはそれぞれが練習をして、演奏会前に2、3回一緒に練習をする、と言うのが常識です。それはお互い練習プランがあって、最初から最後まで、全ての団体のスケジュールを合わせて練習を組むというのが難しいからそうなるのですが。しかしこれではどうしても練習不足になり、合同ステージの仕上がりは思うようにならないことが多いのです。でも、100周年という特別な演奏会なので、この新しい形の合同に賛同して貰い、現役と卒業生のステージを作ろうと考え、挑戦してみました。
お陰様で、思ったより良い演奏が出来て、色々お褒めを頂き、ある程度成果が挙がったと思っています。ハーモニーが大切なところも随所でいい音が出たし、何より歌ったメンバーが喜んでくれました。実際、昨年はアンサンブルの勘もある程度育ったようですが、何より参加してくれた現役と卒業生の間に学年を越えた親密さも育ったようでした。この企画には、もう一つのねらいがあって、長い練習の間に交わされるであろう、現役と卒業生との会話に期待するものがあるのです。卒業生はそれぞれ4年間の現役生活を終えた後、激しい社会にもまれた人たちです。彼らが現役と共にするとき、現役時代の様々な思い出も話題になるでしょうが、社会人としての目で見た、現役に対するアドヴァイスも多々あるのではないかと思っています。合唱の先輩としての、又ワグネルを卒業した社会人としての「知恵」を提供してくれることも期待しているのです。
今年も又この新しい形の合同をします。ハーモニー感を更に育てることも、又、卒業生と現役の相互理解を図ることも、現役のワグネルに、社会人としてのアイディアを数々提案してくれることも織り込み乍ら、練習を重ねています。
12回練習をとりましたが、内何回出席のこと!とか、現役同様、オーディションを受けること!とか、仕事を持っている卒業生にも厳しい条件を科しているようです。途中、参加を断念した卒業生もいますが、その人達を含めて、みな一様に、現役の力になればと一生懸命、各自の出来ることをやってくれています。今、良いステージに仕上がって欲しいと願って、毎回の練習を重ねている最中です。
▲TOPへ戻る
ヴォイストレーナー・大久保 昭男
第127回定期演奏会に寄せて
去年の慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団創立100周年定期演奏会からもう一年が過ぎて、今年も又定演がやって来ました。今年の夏は早くから猛暑が続き大変でしたが、やっと美しい秋が毎年の様に訪れて、ほっといたしました。相変わらずワグネルのメンバーは少ないですが、いい演奏を目指して、学生生活の中から貴重な時間を練習に費やして来ました。どこの大学も全く同じであり、その中で曲を仕上げなければなりません。そのための忍耐と努力は、各自が良く解っているはずです。
世の中には老いも若きも沢山の人がいます。しかし、スポーツや芸術の世界には、多くの素晴しい若者が堂々と活躍しています。ワグネルのメンバーも、その中の一人として、勇気を持って、この時代を立派に進んで下さることを願ってやみません。 ▲TOPへ戻る
ピアニスト・谷池 重紬子
第127回定期演奏会おめでとうございます。
今年も又定期演奏会の季節がやってまいりました。毎年同じ時期に定演があるのですが、毎回ちがった喜びと感動を与えられております。今年は東西四連、藤沢での畑中先生の傘寿のお祝い演奏会など皆様とともに演奏会をご一緒させていただきました。この定演にはじめてのられる団員、またこの定演を最後に卒団される団員と共に、また新たな感動を味わいたいと思います。今宵も素晴しい演奏会になりますよう心から祈っております。
▲TOPへ戻る
ヴォイストレーナー・綱川 立彦
第127回定期演奏会に寄せて
127回定期演奏会、おめでとうございます。今日は、日ごろの練習の成果を存分に発揮して下さい。すばらしい演奏とパフォーマンスを期待しています。
合宿のためのヴォイストレーナーとして、皆さんと接するようになって2年目を終わろうとしています。昨年は西も東もわからず、試行錯誤しながら指導を開始したような状態で、いろいろと反省することも多かったのですが、今年はいろいろな事が出来たように思います。何より、団員全員が大いに身体を動かし、良く食べ、たくましく元気になり、若者らしい大胆さが面に出ている姿を見る事が出来たのは、2回の合宿の大きな成果ではなかったかと感じ、嬉しく思っています。最近の練習では、その歌声に新たな可能性を予感させるような響きも出てきており、ワグネルの今後が楽しみです。これからも一人一人が、個性ある声と歌を磨き、更なる音楽の高みを追求し、生きがいとしていって欲しいと願っています。
▲TOPへ戻る
ピアニスト・前田 勝則
第127回定期演奏会おめでとうございます。
今回共演させていただく「運命の歌」は、数年前OBの定期で演奏して以来なのですが、その時の印象がことのほか強く、現役から学指揮ステージでこの曲を取り上げたいという話を聞いたとき、この名曲をどの様に聞かせることができるだろうかと、正直不安を感じました。しかし、何度か練習を共にするにつれそのような気持は薄らいでいきました。OBの様々な人生のにじみ出るかのような深い情熱にあふれた演奏とはまたちがった、ひたむきな若さの持つエネルギーのほとばしりが客席に伝わりますように、また、ピアノでそれを支えることができればと思っております。
▲TOPへ戻る