115回
演奏者


 第115回定期演奏会 

1990年12月
1日(土) 愛知厚生年金会館大ホール
2日(日) フェスティバルホール
14日(金) 東京文化会館大ホール


演奏曲目  試聴可 
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  1. 畑中指揮 Reynald Hahnによる〈恍惚のとき〉
  2. 畑中指揮 R.シュトラウス歌曲集
  3. 学生指揮 シベリウス男声合唱曲集
  4. 北村指揮 落語による男声合唱組曲「おとこはおとこ」
  5. 畑中指揮 オペラ「ポーギーとべス」より
  6.      アンコール

先生の言葉 畑中北村大久保三浦

作詩作曲編曲者より 大中 恩

夢のビッグ対談 畑中・大久保両先生に聞く

 PROGRAM 

慶應義塾塾歌
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第1ステージ
Reynald Hahnによる〈恍惚のとき〉

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  1. L'Heure exquise  《恍惚のとき》
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  2. Mai  《五月》
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  3. D'Une Prison  《牢獄から》
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  4. Paysage  《景色》
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  5. Si mes vers avaient des ailes  《私の詩に翼があったなら》
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第2ステージ
「R.シュトラウス歌曲集」

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  1. Heimliche Auffouderung  《ひそやかな誘い》
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  2. Wiegenlied  《子守歌》
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  3. Cäcilie  《ツェツィーリエ》
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  4. Morgen!  《明日には!》
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  5. Frühlingsfeier  《春の祝祭》
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第3ステージ
「シベリウス男声合唱曲集」

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  1. Finlandia-hymmi  《フィンランディア讃歌》
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  2. Metsämiehen laulu  《森の男の歌》
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  3. Saarella palaa  《島の火》
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  4. Venematka  《舟旅》
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  5. Sydämeni laulu  《我が心の歌》
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  6. Isänmaalle  《祖国に》
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第4ステージ
落語による男声合唱組曲「おとこはおとこ」

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  1. プロローグ
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  2. 第一舟歌
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  3. 東西なぞなぞ合戦
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  4. 夜ふけて女の歌える
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  5. 売り言葉に売り言葉
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  6. 第二舟歌
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  7. おとこはおとこ
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第5ステージ
オペラ「ポーギーとべス」より

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  1. Summertime  《サマータイム》
    A Woman Is A Sometime Thing  《女はあてにならないぜ》
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  2. My Man's Gone Now  《うちの人は死んだ》
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  3. Oh, I Got Plenty o'Nuttin'  《ああ、俺には無いものばかり》
    Bess, You Is My Woman Now  《べス、これでお前は俺の女だ》
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  4. There's A Boat That's Leaving Soon For New York
           《もうすぐニューヨーク行きの船が出る》
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  5. Bess, Oh Where's My Bess  《おお、俺のべスはどこだ》
    Oh, Load, I'm On My Way  《ああ、神様、俺は行く》
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アンコール&ステージストーム
  1. L'Heure exquise (恍惚のとき)
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  2. 年の別れ (人間の歌 より)
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  3. O Holy Night
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  4. 花火 (雪と花火 より)
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  5. 若き血
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  6. 我ぞ覇者
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  7. 丘の上
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 先生の言葉 

専任指揮者・畑中 良輔
卒業生たちへ

 この定期演奏会で四年間、一緒に「音楽して」来たみんなと別れるこの季節は、ぼくにはつらいものだ。ぼくたちのやって来た「音楽」には、少しのウソもなかったし、真剣に音楽というもの、また、音楽とはなんであるか、そして、音楽が、ぼくたちの“生きる”ということに、どんなふうにかかわり合って来るのかを考え、歌い、日々の中に、合唱を通じて、人間のつくり出したものの中で、最も純粋な“音の世界”を追求して来た。
 ぼくは死ぬまでこの“追求”をやめない。年と共に、この追求の度合いはますます激しくなり、自己に対する厳しい鞭を、自分で課して行くだろう。
 卒業する君たちは、一応「音楽する」ことから離れるだろう。しかし、この四年間に培って来た「音楽する心」は、消えないはずだ。いや、消してはならないものだ。また数年で消えるようには、僕は君たちを指導しなかったつもりである。
 人間が“生きる”ということの根源的な意味、今夕、真剣にひとりひとりが自分に問いかけて欲しい。
 日常性の中への埋没が、やがて君たちを待ち受けている。しかし、ワグネリアンは、そこに埋没してしまってはワグネリアンではないのだ。

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客演指揮者・北村 協一
第115回定期演奏会に寄せて

 まだ小生が東コラ(東京コラリアーズ)を指揮していたころ、畑中先生や大久保先生と御一緒に俳優座養成所で合唱や独唱、ソルフェージュの時間を担当していた頃、もう30年近く前の話だが、その合唱の試演会に、ただ歌うだけでは音楽ももたないし、せっかく俳優になろうとしている人達なのだから、歌いながら演技とまではいかないまでも、少し動きをつけてみようと、今オペラの演出では超有名な栗山昌良氏に振りを付けてもらったのが本邦初ではなかろうか。その当時はもう今では日本の演劇・映画界のトップスターである山本学ちゃんや加藤剛君、栗原小巻女史など壮々たるメンバーが居て、動いて合唱していた。
 その後この試みは面白いというので、東コラでも少し取り入れてやっていたが、我々が俳優座養成所の指導からはなれ、東コラも解散してから、ずっとどこの団体でも合唱を動かすということはなくなってしまった。
 曲ごとに少し隊形を変えるだけでも、ずっと立ったまま演奏する形になれた人には目新しくみえ、又歌いながらリズムに合わせて身体を動かすことにメンバーの音楽表現にふくらみがでてくるこの振り付けを、一度自分の手で、やってみたく思っていた小生は、1975年関西学院グリークラブの第43回リサイタルでやってみた。曲はミュージカル「ヘアー」。今までユニフォームをきちっと決め、ステージマナーにも厳しかったメンバーが、ジーパンでロックを歌って踊るというので、部員内では連日激論がかわされ、遂にはクラブをやめます(実際はやめなかったけど)と言いだす者もあらわれる始末だった。しかし一旦、振り付けステージが成功してから、曲目プランの折、必ず「振り付けの曲で」と話が出るし、ファンの方から次は何、と問い合わせがあるという。ちなみに来月1月20日人見講堂で、ワグネルがよく演奏するNew Moonwp振り付け予定ですが。
 ドン・畑中先生は以前からこの振り付けステージがお好きで、よく楽しみにしているとおっしゃられたが、まさかワグネルではやろうと言わないと思っていたら、とうとう今年「男は男(おとこはおとこ)」ということになってしまった。考えてみれば去年の「ワグネル、お前もか」となろうとは考えてなかったでしょう。この話が学生に伝わってから、何度心配の電話があったことでしょう。多分水面下ではいろいろ物議をかもしていることでしょう。
 たしかに動いて歌うことに抵抗はあるでしょう。でも思いがけない発見もあるはずです。動かす方としては、あくまでも合唱を殺すことなく、音楽に即した動きを、又日頃から身体を鍛えてるわけでもなく、千差万別の学生を一応見栄えよく見せる、これは大変な作業なんです。でもうまく出来たとき、指揮するのと又、別のよろこびがあるのです。
 どうなりますやら、どうぞお楽しみに。

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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
第115回定期演奏会に寄せて

 今年の夏は特に暑い日が近年になく続きましたが、秋が来て紅葉も美しく色づき、私の家の温室の中も洋蘭の花が次々と咲いています。今年もワグネルの定期演奏会がやって来ました。今年は名古屋・大阪・東京と例年にない大きな演奏会になって、ワグネルのみんなも伝統の魂で力強く歌ってくれることでしょう。
 気がつかなかったのですが、私がワグネルに来て今年で30年になるそうです。曲目は色々と変わりますが、いつも今回こそはと思って練習を重ねている間に次々と演奏会が過ぎ、後ろをふり返ることもなく、前へ前へと私達の仕事は進んでゆくのです。何十年もの年月は少しも自分の心に感じることがありません。毎年四月に新しい一年生がワグネルに入って来て夢中で練習を重ねてゆく間に、上級生と全く一つになって、そして定期を心身で歌い上げるのです。私はいつもその時大きな歓びをもって聴いています。今年の歌も素晴らしい歌であります様に心から願い、祈ります。

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ピアノ・三浦 洋一
第115回定期演奏会に寄せて

 季節はすっかり冬ですが、また今年も毎年恒例になったワグネルの定演がやってきました。随分と長いことワグネルのピアノ伴奏をし続けてきたわけですが毎回違う感動があり、私自身も非常に楽しみにしています。今回は5年に一度の三カ所公演ということで東京・名古屋・大阪で演奏します。そこで私の目前で歌う若者達とともに歓びを味わいたいと思います。そして何十年と続いたワグネルの新たな1ページを作っていきたいと思います。
 さて今年は、春の六連と四連の「アーン歌曲集」「R.シュトラウス歌曲集」、福永陽一郎先生の編曲による「ポーギーとべス」と3つのステージで若い現役の部員達とステージを共にします。きっと彼らは今年もひたむきにこれらの曲に取り組んで今日の演奏を素晴らしいものにしてくれるにちがいありません。

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 作詩・作曲・編曲者より 

作曲者・大中 恩
曲目解説 落語による男声合唱組曲「おとこはおとこ」

 上方落語「三十石船」を土台として阪田寛夫が書きおろしたこの組曲は1966年、クローバークラブの委嘱を受けて作曲したものです。京都の中書島から淀川を下って、大阪の天満に通う乗合船の気楽なお客たちを描いた落語です。例の森の石松も乗ったというこん「三十石船」を素材にして、男声合唱としてはやや変種な組曲を創ろう―――という私達のこころみでした。
 阪田と私は従兄弟同士で、作品の上でも非常に多数になっていますが、それにしてもこの1966年にはまとまった組曲を四つも書いています。そしてその中の三つが男声合唱のためのものであるということも珍しいことだと思います。女声合唱のためにも、組曲「愛の風船」を書いている年なので、けっこう気負っていた私だったようです。
 さて「おとこはおとこ」はそういう中で、楽しく調子に乗って書いたことを思い出します。勿論初演はこの企画の提案者である日下部吉彦さんの指揮で、クローバークラブのオニイサン方がなかなかの熱演で面白く聴かせてくれましたが、その後、私自身でも何度も演奏し、また本日の指揮者である北村協一さんが、いっそうのふくらみをつけて度々好演して下さっているのは、作曲者として冥利につきると思っています。
 アズマオトコ(ベース)とナニワオトコ(テナー)が淀川下りのあいだにかわすオカシナ問答、一人の娘をめぐる自慢くらべ、娘、とは実は女スリで、まんまといっぱい喰わされる他愛ない男どものおはなしですが、阪田はこんなことを記しています。
 「第3曲目の“なぞなぞ合戦”は原作に據るものです。第6曲目の“舟唄”は淀川河畔に残る民謡、三十石船舟唄に據っていますが、曲は完全に創作です。その他の5曲と、つなぎの語りやオチは、もとの落語とはややかけ離れたものになってしまいました。大阪弁の(特に落語の)語り口は、きわめて音楽的で、抽象的な意味の記号であるよりは、具体的な感情表現の“語り物”に近いようです。そのせいか、それを地謡的なコーラスが語っているのは、非常に興味深く聴けました」
 最近ちょっと男声合唱から遠ざかっている私なのでよくわかりませんが、マジメで固いイメージを持つ面々が、そのよそおいをちょっと横において、“男”の阿呆らしさ、また哀しくさえある切なさ………のようなものまで、ワグネルのみなさんが覗かせてくれたら、ほんとうにうれしいと期待しています。いや、きっとやってくれるでしょう。
 ワグネルのみなさん、ほんとうにありがとう!!

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 夢のBIG対談 

畑中先生・大久保先生 御指導30周年記念

'90・11・5(月) 新宿・維新號

聞き手 近藤泰輔 兼氏隆太 池田頼昭 宮嶋邦行
 私達、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団は、畑中大久保両先生に御指導戴くようになり今年で30周年を迎えました。それを記念しまして両先生にいろいろとお話を伺いました。(以下敬称略)
司会本日はたいへんお忙しい中、時間を割いていただきましてありがとうございます。今年で30周年ということですがいかがなものでしょうか?
畑中別に30年間やったからどうということではなく毎年同じようにやっています。僕は皆が合唱を通じて世界の音楽にアプローチできるようにやっているし、またただ歌うだけでなくワグネルライフが一生の心の宝になるようにやってきたから、うまくいければそれでいいとか、何かのスペシャリストでなければいけないといったことはしなかったつもりです。日本の音楽はもちろん世界のあらゆる音楽に皆が心が開けるような諸事を養っておいてあげたいなと常々思っています。僕のこういった姿勢はワグネルの今までのプログラムを見ればわかるでしょう。ただこのところイタリア物をやっていないけど、ダグ先生(大久保先生)いつだったかね?
大久保どうですかね。ただ最初の本栖湖の合宿っていったらそれこそ30年前じゃないの?
司会なんですかそれは?
畑中初めて合宿にいったときなんですよ。ちゃんと朝6時15分に起きてですね、6時30分に体操をしまして…。皆さんといっしょにランニングしたりあのころは若かったですね。随分の間学生と一緒に寝食を共にやったね。今みたいに一泊や二泊じゃなくてね。
大久保そうでしたね。僕なんかは合宿に出るようになって三年目ぐらいでしたかね…。朝学生二、三人に混じって遅刻してしまい学生に「コラーッ」てどなられたことがあるんですよ。あのときは若かったから学生と間違えられて…。あとで学生が謝りに来ましたけどね。
司会ところで畑中先生がワグネルをお振りになったきっかけはどのようなものだったのですか。
畑中僕はそれまでアマチュアの学生の合唱を振ったことがなかったんだけど、僕の近所に住んでいた淀野君が毎晩のように家へおしかけてきて、ついに引きうけることになったわけですよ。初めて恐る恐る行ってそのときにバッハのコラールが基本だということで北村協一君に男声合唱用に編曲してもらって課題に出してやらせたら…ひどい素人声で僕が思ってる音楽とは随分かけ離れていてね。そこで曲をやるより発声を、と思って発声の理論と実践の講議をして声を出させたらバカーンと変わってびっくりしましたよ。それでこれは発声がいかに大事かということで一人でやるのはたいへんだから大久保君にお願いしたんですよ。あのころ最初の東京六連で日本民謡をやったんだけど最上川舟唄の出だしの「えんやー」という一声がでるのにどれだけかかったことか……。今は何気なく出してますけど。それだけテクニックが上達したということですかね。
司会テクニックという話が出ましたけど今の学生と昔の学生を比べてみてはどうですか。
畑中今の学生は子供っぽいね。…というより何か幼いような気がする。でも僕も今の年令で考えるからそう思うのかもね。音楽的なテクニックや感受性は今のほうが豊かかな。昔できなかったような曲もできるようになったしね。Merry Widowをやったときなんかは出だしの10数小節を数えたら300回以上やったのよね。あのときはどうしてもそこだけがウィーンの音楽にならなかった。自分との戦いだと思っていたけどあれでだいぶ強くなったと思う。でも2回目にMerry Widowをやったときはそれほど苦労した憶えがない。それだけレベルが上がったのか、それとも伝統なのか…。パトリも今年なんか、頑張っているし、随分楽になったかな?
大久保そうですね。僕もワグネルとつき合いはじめて3、4年したら安定してきて随分楽をさせてもらうようになりましたよ。4月は1年生が入ってきて大変ですけど、3、4年が安定してきて畑中先生のMethodが浸透してくると、1、2年も自然とワグネルトーンに混ざっていってくれますよね。
司会いつも選曲などはどのように考えておいでですか。
畑中だいたい3、4年を主体に考えていますね。喜びのある音楽をしたいと思っているし、多少背のびをしなきゃ伸びていかないんだけど無理はしていないつもりです。今年は僕は、たまたまトップが気にいってる年なので、ちょっと難しいとは思ったけどHやGがしょっちゅうでてくる曲を選んでみたら…。やれるだろうと思ったら案の定うまくいってますね。東西四連でのシュトラウスもまずまずでしょう。でも演奏というのは本当に不思議なもので、いくら実力があってできるとおもっても、何かそこにミューズの神が乗り移ってこなかったときには、いくら焦っても頑張ってもやれるはずのことができないね。
司会いつも私達が不思議に思うことなのですが畑中先生は同じ曲を演奏なさっても毎回表現付けが違うんですけど…。
畑中そりゃ30年前の僕と今の僕とは違う。10年、20年、30年という月日が僕の上にあるとすれば、その中で僕自身も勉強していくし、より深く感じ、それをどのように皆に受け渡すかということは変わらなきゃおかしいでしょ。でも音楽に対する根本的なものは変わらなかったね。
司会大久保先生はいかがでしたか?
大久保僕はいつもそばにいて、本番直前までは一緒に勉強しているけれど、同じ曲を畑中先生が選曲されても不思議と、味わい、香り、が違いますね。変わり方の魅力は前より曲として豊かになって深くなっていることじゃないですかね。本番は一聴衆として、何年か振りに同じ曲をやってもその時には新しい魅力を期待しています。でも私みたいにこんなに毎回いるお客さんというのもいないでしょう。
畑中そうでしょうね。僕も六連と四連は皆出席ではないですけど、定期演奏会を30年間振り続けたことは誇りでもあるし、ワグネルが誇ってもいいことだと思うけど…。
大久保でも僕は1度だけ名古屋の演奏会に何かの都合で聴きにいけなかったことがあったんですけど、その時に木下先生が「大久保君が来てなくて残念だ」とおっしゃって非常に感激しましたね。あの木下先生が僕のことを気にして下さるなんて…。
司会木下先生とは、どのような方だったのですか?
畑中木下先生というのは、やはり明治の方らしくて、音楽の中に精神主義というのを求められてそのバックボーンをワグネルにしっかりとたたき込んだ方ですね。やっぱり今のワグネルのドイツ音楽の骨格は木下先生が築き上げられたんでしょう。そこで僕は木下先生がなさらないような、脇からそれをほぐしていくような選曲と指揮をやってきたわけ。そういったことが今のワグネルにはあるんじゃないかな?
司会ところで私達は平常からブルですとかダグですとかいった先生方のあだ名の由来に大変興味があるんですけど…。
畑中ダグ先生はね、戦後間もなく朝日新聞にいわゆるアメリカ文化が新鮮な形で入ってきたわけ。その中で漫画がなかった時代にブロンディーっていういわゆるサラリーマンの一般的な家庭を描く、アメリカ的善意にあふれた漫画が日本に入ってきたわけ。非常に新鮮な感じをもたらした大作で、その主人公のダグウッドっていうブロンディーのだんなさんなんだけど、ダグ先生の髪の形にそっくりだったのね。それでダグ先生って言われるようになったわけ。一部の人はダッグスフンドを飼っているからダグってなったと思っているみたいだけど…。
大久保そう、それは誤解ですよ。僕みたいなスマートで足の長い人にね。ブロンディーはちょうどサザエさんみたいなものね。さて先生のブルというのはどうでしたっけ?
畑中僕はブルドッグから来てるのよ。顔がどうというより、小学校の頃からブルドッグと言われてて、力がないくせにけんかが早くて絶対に負けん気が強いから勝たないと気がすまないわけ。何がなんでもかみついたら最後…。ブルドッグっていうのは平常はおとなしいけど…。そういったことからいつのまにかブルドッグって言われているのです。
司会それで先生の恐いイメージがあるのでしょうか?
畑中でもワグネルに対しては僕は寛容ですよ。芸大生は二度間違えたら譜面を投げつけて外に出させていたけどワグネルはアマチュアだからそんなことはなく忍耐強く教えたよ。
司会でも私は1年のとき「月光とピエロ」で先生の“ボヤスケ”というのを聞いたのですが、あのときはびっくりしました。ここは体育会かと思いました。
畑中何? 皆こりゃえらいところに入ってきたと思ったの…。でも今やってきてよかったと思うでしょう。
大久保そりゃ僕もたまにキツイことを言うけど…。演奏会していてあれだけの聴衆から拍手をもらうと言うのは何にも代え難いものよ。皆いい顔してますよ。
司会皆歌っているときはどのような顔をしているのですか。
畑中どんな顔って? そりゃ皆必死で食いつきそうな顔しているのよ。1年は1年なりに言われたことを実現しようと精一杯ね。
司会先生が私達に望んでいらっしゃることは、どういったことですか。
畑中ここまで僕と大久保君のMethodによって声と音楽ができあがって一つのワグネルの伝統というものは一応の形になったと思うんだけど、この中身をさらに充実させて欲しいと思います。ここではやはり伝統の力が大きいね。4年間しかできないけど、何かを感じるよ。あとに残る人がそれを引き継いでさらにふくらませて欲しいですね。
司会大久保先生はどうですか?
大久保私の立場からしますと、メンバーはやはり大学生だから人数の増減はあるだろうけれども、そのこと以前に一人一人が音楽をして欲しい。歌うための正しい発声法を身につけて、わずかでもいいから自分のレベルをあげて欲しいということです。そしてメンバーが多くなろうと少なくなろうと畑中先生や木下先生がお作りになった伝統を守っていって、また私も及ばずながらいろいろさせてもらっているけどそれらがもっともっと役立っていってくれればと思います。
司会畑中先生は今の4年生についてどう思われますか?
畑中うん、何かこの学年はとっても僕と気が合うんじゃないかな。とっても気持のいい4年間を過ごさせてもらったと思っています。今年はパトリがシュトラウスなどで大変だったと思う。充分なよい練習会場ではないでしょう。ピアノが無かったり、音をとったりするのでも…。ほんとうにありがとうと個人的に労ってあげたい気持ちで一杯です。でもあいにく暇がなくて…それでおでん大会をしようと言っているんだけどね。ほんとうに口では言えない苦労があったと思う。けどそれを消化して欲しいと思う。ここで気を緩めないで頂上まで登らなきゃね。皆も悔いのない演奏をしたいね。あらいつの間にこんな時間に…。帰って原稿書かなきゃ。
司会あっ、先生どうもありがとうございました。
 こうして30周年記念対談は無事終わりました。今日もこの演奏会で私達は全力で畑中先生にぶつかっていきたいと思います。また会場のどこかで聞いてらっしゃる大久保先生を感動させたいと思っております。どうか今後共ワグネルをよろしくお願い致します。来年の正月には皆必ずおでんの具を持って先生のお宅へ伺いますので…。
 

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