114回
演奏者


 第114回定期演奏会 

1989年12月
15日(金) ゆうぽうと簡易保険ホール
17日(日) 東京厚生年金会館大ホール


演奏曲目  試聴可 
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  1. 畑中指揮 Liebeslieder(愛の歌)
  2. 畑中指揮 フォーレ歌曲集I
  3. 北村指揮 ロバート・ショウ合唱曲集
  4. 学生指揮 男声合唱組曲「海に寄せる歌」
  5. 畑中指揮 オペレッタ「ジプシー男爵」より
  6.      アンコール

先生の言葉 畑中(1)畑中(2)北村大久保三浦

作詩作曲編曲者より 多田

特別インタビュー ヴォルフガング・ワーグナー氏に聞く

 PROGRAM 

慶應義塾塾歌
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第1ステージ
「Liebeslieder」(愛の歌)

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  1. Rede, Mädchen, allzu liebes  《答えよ乙女よ》
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  2. Am Gesteine rauscht die Flut  《大波が岩辺に騒(ざわめ)く》
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  3. O die Frauen  《おお女達よ》
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  4. Sieh, wie ist die Welle klar  《何と波が澄んでいることか》
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  5. Nachtigall, sie singt so schön  《夜鶯が綺麗に歌う》
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  6. Ein dunkeler Schacht ist Liebe  《愛は暗い坑》
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  7. Wenn so lind dein Auge mir  《君の瞳が優しく》
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  8. Ein kleiner, hübscher Vogel  《小さな可愛らしい鳥が》
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  9. Am Donaustrande  《ドナウ河の岸辺に》
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  10. Nein, es ist nicht auszukommen  《世人と親しむことは出来ぬ》
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  11. Schlosser auf  《さあ錠前師よ》
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  12. Zum Schluß  《結び》
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第2ステージ
「フォーレ歌曲集I」

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  1. Lydia  《リディア》
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  2. Tristesse  《悲しみ》
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  3. La Chanson du Pêcheur  《漁夫の歌》
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  4. Après un Rêve  《夢のあとに》
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  5. Hymne  《賛歌》
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第3ステージ
「ロバート・ショウ合唱曲集」

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  1. Grandfather's Clock
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  2. Seeing Nelle Home
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  3. Aura Lee
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  4. Wait For The Wagon
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  5. Love's Old Sweet Song
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  6. Vive L'Amour
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第4ステージ
男声合唱組曲「海に寄せる歌」

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  1. 砂上
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  2. 仔羊
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  4. この浦に
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  5. 鴎どり
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  6. 既に鴎は
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  7. ある橋上にて
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第5ステージ
オペレッタ「ジプシー男爵」より
〜男声合唱版初演〜

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  1. Ensemble  《アンサンブル》
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  2. Werberlied  《徴兵の歌》
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  3. Zigeunerlied  《ジプシーの歌》
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  4. Valse  《ワルツ》
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  5. Marsch  《マーチ》
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  6. Liebeslied  《愛の歌》
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  7. Nach Wien   《ウィーンへ》
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  8. Einzugsmarsch und Valse  《入場行進曲とワルツ》
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アンコール&ステージストーム
  1. 柳河
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  2. Good Night Ladies
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  3. Der Jäger Abschied
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  4. 若き血
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  5. 我ぞ覇者
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  6. 丘の上
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 先生の言葉 

専任指揮者・畑中 良輔
今宵に

 新しい曲の練習に入った時、それこそ眼の前がまっくらになる事がある。果してこの曲を歌い切ることが出来るのだろうか?――もう少しやさしいものにしとけばよかったのに――などと、その瞬間、さまざまのネガティヴな思いが頭の中で交錯する。その《おもい》の最大の時はベルリオーズの「ファウストの劫罰」だった。馴れぬ早口のフランス語。その厖大な量。一年の泣きそうな顔をみていると、こちらまで泣きたくなる。しかし何とかやってみよう、ただ音楽への情熱の消えない限り、最大の努力と忍耐と集中をもってすれば、全メンバー歌えない筈はない。と自分に云いきかせ、私も勇気をふるいおこす。
 今年の定演の、そして今宵お聴き願う「ジプシー男爵」の夏合宿での第一声も、実は眼の前が真暗になった。「劫罰」以来である。「駄目かな?」という気持と「ワグネルが出来ない筈はない」という確信とが、これまた交錯する。歌詞の量のすごさは「劫罰」に匹敵。それでも朝から夜まで、気も狂わんばかりに歌い続けて、何とか合宿の最後は曲りなりにも曲の全貌が見えて来る。苦しい努力はメンバーたちもだろうが、70歳近い私にとっても同じことだ。そして一回一回の練習ごとに、音楽がそれぞれのメンバーの心の中に育って来るのが解るようになる。そのうれしさは、何物にも替えられない。
 こんな苦しい思いをしても、演奏という行為は一瞬に消えてしまう。しかし消えてしまうことによって、そのひと一生を通じ常に新しい感動の再生が行われる。その瞬間の燃焼度の高ければ高いほど、消えた筈の演奏は甦えるのである。
 不滅の演奏――これを目指して、今宵私達は心をひとつに合わせる。聴いて下さる皆様もこの心に融けこんで下さることを願いながら。――   

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“最高の時”
 二十代、ブラームスはどちらかといえばあまり好きな作曲家ではなかった。好きになったかと思うと、突然アレルギー症をおこしたものだった。ブラームスはいつも屈折していて、そのロマン性の中に溺れる事を拒否していた。その頃シューマンに溺れていた私にとって、骨組みだけの音楽で、情緒的な肉づけが欠けていると思えたものだ。ブラームスの音楽を支えている北ドイツの精神風土にまで当時の私の理解が届く筈もなく、ブラームスへの共感は常に揺れ動いていた。
 いま、この年になって、ブラームスは何物にも替え難く、私を支える最も大きな存在となっている。この事を述べる紙数はないけれど、マーラーの耽溺よりも、ブルックナーの宇宙的始源よりも、人間の確実な歩みをブラームスは辿らせてくれる。「愛の歌・ワルツ集」というと、いかにも甘やかな挽く惹句のように思われるが、ブラームスはJ・シュトラウスのような華麗なワルツは書けなかった。何と無骨な、ウィーンの典雅に程遠いワルツであろうか。しかし聴き進むにつれその一節一節から、ブラームスの心の底に沈んでいる、“にんげんのうた”がひびいて来る筈である。ブラームスの曲と相対している時が、いまの私にとって最高の時である。   

(1989年第38回東西四大学合唱演奏会プログラムより)
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客演指揮者・北村 協一
第114回定期演奏会に寄せて

 今年もワグネルの定期に一ステージ分、皆と一緒に音楽をすることになり、うれしく思っています。
 今回もアカペラ、無伴奏で、合唱の本来の姿、本来の楽しみ方を味わいたいと思います。曲は此のところ、ロバート・ショウの編曲で、ずっとプログラムを構成していますが、今回も彼の編曲で主にアメリカ民謡を中心に組んでみました。
 ロバート・ショウは、フレッド・ワーリングと並んでアメリカの合唱界の編曲者としても大変有名ですが、二人の編曲は対照的な作風が見られます。
 ロバート・ショウの編曲のスタイルは、出来るだけ少ない音で、よい響きがする様に考えられ、パートが二つに別れると云うようなことは本当に少ない。又、アカペラが多く伴奏付きはフレッド・ワーリングに比べ大変少ない。
 従って、各パートの音に無駄がありませんが、それだけにそれぞれの音が大変重要で、他のパートと密にかかわっています。ハーモニーに重厚さが欠けますが、反面非常に軽快さを要求される編曲です。一方、フレッド・ワーリングの編曲はロバート・ショウのそれと反対だと考えてもいいでしょう。パートの別れは多い方だし、伴奏付きのものも多い。音が多く重なっているので、ハーモニーに重厚さが出る編曲です。
 ワグネルにとってどちらが向いているか、すぐ解って下さるでしょうが、私は敢えていつもロバート・ショウを採っています。ドイツ物を得意とし、幅広い発声で重厚なハーモニーを聴かせながら演奏するワグネルにとって、この上に軽快なリズムと透明なハーモニーの面が加わると、きっと素敵ぢゃないかと思うからです。
 でも、この何年か一緒にしているワグネルとの初回の練習でいつも思うのは、「この肥りすぎの怪物牛を、どうスリムにすりゃあいいんだ」と悩むことしきり。英語という難物も背負って、又頑張らなくっちゃと思っている昨今です。    

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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
第114回定期演奏会に寄せて

 第114海野ワグネル定期演奏会がやってきました。今年は去年と違って、本当の夏があり、美しい秋を見ていつの間にかもう年の末の季節です。私はワグネルに来て30年になったのでしょうか、とてもその様な長い時を一緒に音楽をしたとは思えません。
 毎年4月には新しいワグネルの歌い手になる一年生を迎えて、雨の日も風の日も、その時々の練習場所に集まり、声を作り、音楽を歌って貴い時間を積み重ねてゆきます。
 一人の人間が自分の心を美しい声をもって表現し歌うことが出来るということは、とても素晴らしいことです。
 しかも、何十人もの人間が心を一つにして一つの音楽を歌い、聴く人々の心に近づくことは何よりもの立派な芸術だと思います。
 学生生活の中で、自分の強い努力と忍耐と、そして大きな勇気をもって音楽を歌い続けていってくれることを祈ってやみません。

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ピアノ・三浦 洋一
第114回定期演奏会に寄せて

 木枯らしが冬空を吹きぬけ、街行く人々が外套に身をつつむ頃が来ました。この季節になると、毎年の行事のようにワグネルの定期演奏会でピアノを弾いてきた私ですが、もうそんなお付き合いも20年を越そうとしています。決して短くはないこの繰り返しの中で私が毎回感慨を新しくするのは、かれこれふた昔も前の若者達も、いま私の目の前で唱っている若者達も、まったく変わらないひたむきさと喜びをもッて歌を唱っているということです。
 さて今年は、春の六連と四連の「フォーレ歌曲集」「Liebeslieder」、北村協一先生の新編曲になる「ジプシー男爵」と3つのステージで若い現役の部員達とステージを共にします。きっと彼らは今年もひたむきにこれらの曲に取り組んで今日の演奏を素晴らしいものにしてくれるにちがいありません。そうして私も彼らと共に音楽の歓びを分かち合いたいと思っています。  

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 作詩・作曲・編曲者より 

作曲者・多田 武彦
三好達治先生の詩との出会い

 昭和36年、ワグネルの委嘱で組曲「草野心平の詩から」を作曲した頃、図書館で三好先生の詩集を読んだ。私の癖で、ほとんどの場合、先ず、詩人の年譜を読む。
 三好達治の生地は大阪市東区南久宝寺町一丁目。私の生地南区大宝寺町西之丁からは約2粁弱の距離。失礼も顧みず、同郷の親近感から、早速いくつかの詩に作曲しようとしたがなかなかうまくまとまらないうちに、いつのまにか、ギヴ・アップしてしまった。
 恩師、故清水脩先生のご薫陶のなかに「器楽曲の場合は、作曲家の特製をフルに発揮して作曲してもいいが、歌曲や合唱曲の場合は、詩自身がもっている音楽を十分考慮に入れて書かないと、詩と曲が遊離してしまう。そんな曲ばかり書いていると、聴衆や歌い手からそっぽを向かれ、やがてその曲は歌われなくなってしまう。」というのがある。
 今からふり返ってみると、当時30才台に入ったばかりの私には、三好達治の詩のなかにこめられている音楽が読みとれず、清水先生のこの語録に睨まれて、それでギヴ・アップしたに相違ない。
 処女作「柳河風俗詩」を書いた前年の昭和28年から昭和60年までの32年間、私は銀行に勤めていた。特に昭和35年以降の25年間は、融資先の再建の仕事が多かった。債鬼(さいき)ではなく「融資先が良くなり、その会社の従業員とその家族に喜んでもらえるような、町医者のような再建屋でありたい」と努力した。25年にわたるさまざまな人間模様や、大小50社に及ぶ再建成功例は、私に、人と人との心の交流の大切さを教えてくれた。そして、激務の合間に多くの詩集を読みふけるうちに、だんだんと詩人の魂も見えて来た。
 昭和48年から4年間の郷里大阪での勤務を終えて、東京へ帰った昭和52年に、私は、三好達治の詩による組曲を5つ書いている。「海に寄せる歌」「わがふるき日のうた」「追憶の窓」「秋風裡」「季節のたより」である。三好先生の詩は、決して騒がしいものではない。心の中では転炉の中の鉄鉱石のように燃焼しているのに、詩は静かだった。大阪在任中、「芸術に進歩などない。ただあるのは、変遷のみ」と教えて下さった小野竹喬画伯の画が、三好先生の詩と、よくオーバーラップした。竹喬の日本画もまた、溢れ出ようとする感慨が清新な画風でおだやかに包みこまれていた。

#     #     #

 第114回定期演奏会、おめでとうございます。また、私の作品を採りあげて頂き、厚く御礼申しあげます。
 大声を出して、わーっと歌うのもまた合唱の醍醐味ですが、ワグネルのお客さまともなると、ウィーン・フィルでも聴きに行く期待感を以て演奏会に来られるので、ワグネルの諸君も大変でしょう。
 しかし、そこはワグネル。「一本の弦のようにまとまった各パートのピッチ」「曲想に応じて変化するフレージングの三つの態様」「ステンド・グラスのような明晰な和音の変化」「よく訓練された発声(最近何故か流行するカ行やタ行での奇声などの全くない発声)」「テンポ・ルバートやポルタメントを多用しない、オーソドックスな解釈」「曲想に応じたハード・ソフトの変化、残響と非残響の使いわけ」等々、「名演奏家なみの、楽曲指示事項以外の表現方法」を駆使した、素晴らしい演奏を展開することでしょう。「海に寄せる歌」も、今までに聴くことのなかった彫の深い名演奏となることを、楽しみにしています。  

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ヴォルフガング・ワーグナー

1989.9.7.ホテル・オークラ

 9月7日、私共慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団は、東急文化村のオーチャードホールのこけら落としであるバイロイト音楽祭日本公演の為来日されていたバイロイト祝祭劇場総監督、ヴォルフガング・ワーグナー氏の誕生パーティーにお招き戴くという幸運に恵まれました。
 このパーティーにおいて、私共は《タンホイザー》より「大行進曲」「巡礼の合唱」の2曲をその作曲者であるリヒャルト・ワーグナーのお孫さんにあたるヴォルフガング・ワーグナー氏にお聴かせすることが出来ました。残念ながら会場の都合で約30名ほどの演奏であり、私共男声合唱団の全貌をお見せすることは出来ませんでしたが、私共の演奏に氏は大変喜んでおられました。パーティー終了後、しは私共との記念撮影に応じて下さり、又、筆頭秘書として良きパートナーであるグードルン夫人、助手のシュテファン・イェリス氏と共にインタビューの時間を割いて下さいました。
ワグネリアンヴォルフガング・ワーグナー氏
 お誕生日、おめでとうございます。  どうもありがとうございます。私の誕生パーティーを皆さんのような若者の歌声で祝福して下さるなんて、夢にも思いませんでした。心から感謝しています。又、本日のように音楽を通して、特に人と人とが調和しあう合唱を通して、私共の心と心が通じ合い、そして文化の交流が出来るということを大変嬉しく思いますし、大変素晴らしいことだと思います。話は変わりますが、この日本という国は若さの泉といってもいい国ですね。私は1919年の8月30日にこの世に生を受けたのですが、今年は日本を訪れる途中のアンカレッジで70回目の誕生日を迎えたのです。しかしながら、それ以来、毎日毎日どこかしらの催しで私の誕生日を祝福して下さりまして、ずっと誕生日が続いていて、私は一日も歳をとっていない気分を味わっているのです。ですから、これからはずっとこの“若さの泉”日本にいた方がいいのではないかと考えているほどなのです。(笑)
 本日の私共の演奏をお聴きになっての率直な御感想をお伺いしたいのですが。  私は世界の各地において、いろいろな祖父リヒャルト・ワーグナーの音楽の演奏を聴いてきていますが、本日の皆さんの演奏は正しいワーグナー音楽の解釈であると思います。それから、本日指揮をして戴いた方、そして皆さん、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の方々に対し、敬意を表したいと思います。このように素晴らしい音楽、合唱を創り上げていく過程においては、技術的には発声に対して努力し、本日の《タンホイザー》の演奏においては、ワーグナーの音楽を大変勉強なされたのでしょうから。わたしのワグネル・ソサィエティーとの出逢いは、1979年4月に初めて日本を訪れた際のことで、その際はオーケストラの性能の高さと水準に驚いたのです。そして、皆さん男声合唱団との出逢いは1983年11月、2度目の訪日の際のことだと記憶しています。その際に男声合唱の演奏を初めて聴かせて戴いたのですが、やはりワーグナーの音楽を歌って下さったと思います。本日、久し振りに皆さんの演奏を聴いて、その表現力と美声が少しも変わらないことが確かめられ、驚いていると同時に大変嬉しく思っています。
 私共のドイツ語についてはどのような感想をお持ちになりましたか。  只今、皆さんの表現力と美声について大変感服したと申し上げましたが、本日の演奏で私が驚き、そして感心し、嬉しく思ったことのひとつに皆さんのドイツ語のことがあるのです。ドイツ語の母音や子音の中にはいくつか日本人にとって、大変難しい発音があり――例えば、本日の演奏の中に出て来ました、meine、Herrenなどに代表される語尾の[e]であるとか、子音で言えば、nochなどの[x]といった発音ですが――特に普段の会話の場合ではなく、歌を歌う時にとても難しいものなのです。しかし、本日の演奏を聴かせて戴いた限りでは、その発音の上での難点をうまく、こちらが感心するほど克服していて、大変良かったと思います。やはり、練習次第で難点は克服できるものなのですね。そういった意味で、いいお手本を聴かせてもらったような気がします。
 本日は歌劇《タンホイザー》より、男声合唱用に編曲した「大行進曲」と「巡礼の合唱」の2曲をお聴き戴いた訳ですが。  私は今回、東急文化村オーチャードホールにおいてのバイロイト祝祭劇場の世界初の引越公演の演目に《タンホイザー》を選びました。その理由はいくつかあるのですが、理由のひとつに、皆さんは御存知でしょうが、バイロイトの祝祭合唱団は世界的な名声を持っていますし、《タンホイザー》は《ローエングリン》と並んでワーグナーの代表的な合唱オペラで、バイロイト祝祭劇場をトータルにデモンストレーションするのにうってつけだと思ったことがあるのです。皆さんがワーグナーの代表的合唱オペラである《タンホイザー》を歌って下さったのは大変光栄なことですし、賢明な選択であったと思います。それから、編曲というのは当然のことなのですが、常にその曲をある分野に一致させることを意味します。もし、私が女声合唱団に関わっていれば、表現や音色において、それなりの尺度を持つことになるのです。しかし、当然のことながら、本日皆さんが演奏して下さったように、《タンホイザー》という歌劇を男声合唱といった分野に一致させ、その特色にあった編曲をすれば、いい成果が生まれてくる訳なのです。しかしですね、私は皆さんのように男性しかいらっしゃらないのは少々片寄り過ぎといいますか、やり過ぎではないかと思いますね。だってそうでしょう。女性のいない生活なんて、やはり味気ないものですからね。そう思いませんか。(笑)
 私共ワグネル・ソサィエティーは1901年にリヒャルト・ワーグナーの名に因み、名付けられた音楽団体なのですが、最後にメッセージをお願い致します。  音楽というものは、一度の演奏で全てが消失してしまいます。そして消失することによって、永遠性というものが現れるのですが、そのような無償の行為に取り組む皆さんに感激しています。また、本日皆さんの演奏を聴きまして、祖父の音楽が日本においてこれほど、心から尊ばれていることを知ったのは、私にとって嬉しい驚きでした。《タンホイザー》の他に、《さまよえるオランダ人》なども男声合唱用に編曲して演奏して下さっていると伺いましたが、嬉しい限りです。祖父自身の言葉に、『ギリシャの芸術作品がひとつの素晴らしい国民の精神を捕らえたとすれば、将来の芸術作品は国籍の壁を超えて、自由な人々の精神を掴むことになる。国家そのものは単なる飾りであっても良いし、個人の多様性を刺激するものであってもよいが、障壁であってはならない』というものがあります。皆さんの祖父の作品への熱意に対する私の敬意を表すには只今の言葉が最も適切ではないかと思います。この言葉の通り、私はワーグナーはドイツ人だけのものではなく全世界に属しているものと考えていますが、その意味で皆さんが祖父の音楽を共有して下さっていることを大変好ましく思っています。ただ、皆さんには日本人として感じ、考えた祖父の音楽を演奏して戴きたいのです。ドイツ人の演奏を聴いて、勉強することは大切なことですが、それを単に真似て歌うだけでは本当にその作品に流れるものを理解したということにはなりません。ドイツ人と日本人は違うのですから、本当の意味で祖父の音楽を理解して戴きたいと望んでいます。
 最後になりますが、1901年という昔に設立された合唱団が今日までの長い間、活動を続けてきたばかりでなく、昔も今も常に新しい団員を得て、いろいろな合唱曲やワーグナーの作品に打ち込んでこられたことは私にとって大きな喜びです。それは本当に素晴らしい伝統だと思いますし、これからもずっと積極的な活動を続けていかれることを望んでいます。又、12月に定期演奏会があると伺いましたが、皆さんの演奏会の御成功と、並びに慶應義塾ワグネル・ソサィエティーの益々の御活躍、御発展をお祈り申し上げます。
 本日は、貴重な経験をさせて戴くことが出来、私共も大変幸せに思っていますし、今後の活動にこの経験を反映させていくことが出来ればいいと思っております。又、お疲れの中、私共との記念撮影やこのようなインタビューにも快くお答え戴き、どうもありがとうございました。

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