113回
演奏者


 第113回定期演奏会 

1988年12月
6日(火) ゆうぽうと簡易保険ホール
11日(日) 東京厚生年金会館大ホール


演奏曲目  試聴可 
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  1. 皆川指揮 Missa Pange Lingua
  2. 畑中指揮 シューベルト男声合唱曲集
  3. 北村指揮 男声合唱組曲「在りし日の歌」
  4. 学生指揮 ブルックナー男声合唱曲集
  5. 畑中指揮 Musical「New Moon」より
  6.      アンコール

先生の言葉 畑中皆川北村大久保三浦

作詩作曲編曲者より 多田

特別インタビュー ノルベルト・バラッチ先生に聞く

 PROGRAM 

慶應義塾塾歌
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第1ステージ
「Missa Pange Lingua」

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  1. “Pange Lingua gloriosi”
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  2. Kyrie
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  3. Gloria
  4. Credo
    ※3〜4は音源が連続演奏されます。
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  5. Sanctus
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  6. Agnus Dei
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第2ステージ
「シューベルト男声合唱曲集」

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  1. Gott meine Zuversicht   《詩篇23》
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  2. Widerspruch   《反抗》
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  3. Die Nacht   《夜》
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  4. Ständchen   《小夜曲》
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  5. Nachtgesang im Walde   《森の夜の歌》
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第3ステージ
男声合唱組曲「在りし日の歌」

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  1. 米子(よねこ)
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  2. 早春の風
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  3. 閑寂(かんじゃく)
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  5. また来ん春……
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第4ステージ
「ブルックナー男声合唱曲集」

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  1. Festlied   《祝祭歌》
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  2. Am Grabe   《墓場にて》
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  3. Sternschnuppen   《流星》
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  4. Trösterin Musik   《慰めの調べ》
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  5. Das edle Herz   《気高き心》
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第5ステージ
Musical「New Moon」より

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  1. Softly as in The Morning Sunrise   《朝日の如く爽やかに》
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  2. Funny Little Sailor Man   《可愛い小さな水兵さん》
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  3. Wanting You   《君を求めて》
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  4. Lover Come Back to Me   《恋人よ、我に帰れ》
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  5. Stout Hearted Men   《意志強き男たち》
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アンコール&ステージストーム
  1. ふり売り(多田武彦)
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  2. インスブルックよ さようなら(ハインリッヒ・イザーク)
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  3. Deck the Halls! (クリスマスソング)
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  4. ターラウのエンヒェン(ドイツ民謡)
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  5. 若き血
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  6. 我ぞ覇者
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  7. 丘の上
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 先生の言葉 

専任指揮者・畑中 良輔
練習の重さ

 ワグネルにとって、定期演奏会はひとつの集成としての“ふしめ”であろう。「とにかく一年間をかけて歌い抜いたものを、当日来て下さった聴衆の方々に聴いていただくことによって、その一年間に蓄積したものを、《音楽》を通して批判していただくのである。ワグネリアンが自分自信を見つめる眼と耳、そして音楽をT聴くこころUが、唱者と聴者のあいだの熱いTメッセージUとなるかどうか。歌唱を通じて人の心のどこまで自分達の心が通い合えるか。
 その心を伝えようとする側に、いっそうの豊かな感受力、想像力、芸術への真摯な訴求なくして、どうして人の心に橋が架けられよう。感覚ばかりが刹那的鋭さに向って突進している最近の傾向を見ていると、その思考性・感性の貧困が恐ろしくさえ思われて来る。今の世代にあっては、古典は無力なのであろうか? 日本の古典はもちろん、世界の古典の完成した輝くばかりの世界は、ますます彼等から遠ざかっているように見える。たった一度の人生の中には、T生きるに値するU素晴しい作品体験が無限と云っていいほど我々を待っているのではないか。それを素通りした人生なんて、あまりに淋しすぎはしないか。しかしそれらを自分の人生に吸収出来るのは、自分自身の思考力、感受力以外にはないのである。私は彼等に貧しい人生を送ってほしくない、と心から思う。彼等が非情の管理社会の機構の中にあっても、決して磨消してしまうことのないT感性Uを、今のうちに身につけておいてほしいのだ。練習で一曲一曲を仕上げるたびに、私の棒は念じている。――この一曲が彼等の一生の心の宝となるように――。
 私は演奏会そのものより、こうした日々の練習の中にこそ大学合唱の意味があると思っている。日々の積み重ねはルーティン・ワークであってはならないのだ。演奏会は、だからひとつのTふしめUに過ぎない。ただこの苦しい練習によって得たものが、どこまで皆さんに受けとって貰えるか。
 今回は、ポリフォニー作曲家の頂点ともいうべきジョスカン・デ・プレの作品を、世界的権威ともいうべき皆川達夫先生に御願いした。音の思考によるこの構築の見事な世界が、どこまで皆に見えて来るのだろうか。私の貧しい力では及びもつかないので、皆川先生を再度お煩わせする事になった。シューベルトではナイーブな、ひらかれた心を、そしてロンバーグでは、いくぶん感傷をたのしみたい。  

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客演指揮者・皆川 達夫
第113回定期演奏会に寄せて

 このたび慶應ワグネル男声合唱団の定期演奏会で、ジョスカン・デ.プレ作曲「ミサ・パンジェ・リングァ」を指揮させていただくことになりました。
 ワグネルとのお付き合いは、今度で2回目でして、第1回は4年前にやはりジョスカン・デ・プレの「ミサ・マーテル・パートリス」を指揮させていただきました。そのおり、ワグネルの諸君たちは歌いなれないポリフォニー作品を誠実にひたむきに学びとり、たいへん感動的な演奏に仕上げて下さいました。その時の感激は、今でも忘れることはできません。
 このたび畑中良輔先生から、「また改めてポリフォニー合唱を勉強させたいので……」というお申し出があり、再びあの感激を取り戻したく、喜んでお引き受けすることにいたしました。
 今回の「ミサ・パンジェ・リングァ」はグレゴリオ聖歌の「パンジェ・リングァ」のメロディを素材として縦横に活用し、透明かつ均整のあるポリフォニー作品に仕立てています。わたくしはこの作品こそ「ルネサンス音楽」の典型的な作品とみなしており、あたかもレオナルド・ダ・ヴィンチの美術作品が音楽として結晶したものと考えております。
 この作品とわたくしとの出会いは運命的とでも言ったらよろしいでしょうか、まだ古い音楽がこの国にほとんど知られていなかったわたくしの大学生のころ、たいへん偶然のチャンスでこの作品の楽譜を手にいれ、人目ですっかりその魅力にとらえられてしまったのです。この作品を実際に音にしてみたいというわけで「中世音楽合唱団」というコーラスを設立しましたし、この作品のアナリーゼを中心に「ネーデルランド楽派の循環ミサ曲」という大規模な研究論文を書いたりもしました。
 以来、「中世音楽合唱団」、その他の合唱団で何度も何度もこの作品を指揮して演奏してきましたが、3年ほど前に立教大学グリークラブの依頼で、男声合唱用に編曲してみました。このたび慶應ワグネルの東京六大学合唱連盟演奏会のため、編曲に多少手を加え、5月に演奏を終えました。改めて今回の定期演奏会にむけて練習を再開いたしましたが、ワグネルの諸君たちは前回に上廻る誠実さとひたむきさでこの曲に対してくれています。
 是非とも充実した演奏に仕立てたいものと念じております。   

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客演指揮者・北村 協一
第113回定期客演にあたって

 昨年より引き続き、今年もワグネルの定期を指揮することになった。昨年までの三年間は、ワグネルと英語の合唱曲をとりあげてきたが、今年は畑中先生の要請で、邦人の無伴奏合唱曲を指揮する。学生達と相談し、やはり多田武彦氏の作品を、ということであまり演奏されていない「在りし日の歌」に決定、演奏することになった。
 この曲は、私が大学出て入団した、畑中良輔・福永陽一郎両氏の主宰する昭和三十年代前半に活躍した、当時唯一の男声プロ合唱団、東京コラリアーズのため、作曲されたもので、多田氏の作品の中でも初期のものに属する。
 音域もひろく、高い合唱技術を要求されるため、当時も大変苦労し、練習したことを記憶している。そのためか、その後もあまり演奏されたことを聞かないし、出版も未だのはずだ。
 当時大変だと思った曲も、やはり今でも難易度は高いが。以前ほど大変だと思わなくなったのは、日本の合唱技術水準が非常に高くなったからだろう。(実際、合唱コンクールに出てくる曲も昔に比べ難しい曲が多いし、今や小学生が数年前高校生の歌った曲を演奏している程だ。)
 最近はどこも難しい曲を演奏する。確かにその快感というものはあるだろうが、はたして本人達は楽しいのだろうか、満足したか、聴衆は置いてけぼりにされてないか、と考えると疑問は残る。今回はその様なことにならぬよう気を配ろうと思っている。
 三年間英語の曲でワグネルとつき合ってきたが、初めは重く、言葉も充分でなかったのが、昨年は何とかそれらしいものになったのは目出たしであった。今回も日本語のこの多田氏を歌うには、あまりにも分厚く、ワグネルは堂々としている。長年ドイツもので鍛えたからだろう。繊細さも多く要求されるこの多田氏の曲を、本番ではワグネルがどう演奏してくれるか。指揮する私も目下見当もつかないが、何とか多田氏の世界を音化してみようと努めている。   

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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
第113回定期演奏会に寄せて

 ワグネルのみなさん、おめでとう。今年は梅雨に続いて全く青空と太陽のない夏が過ぎてしまいました。しかし、毎回の練習を積み重ねている中に、美しい秋が確かに来てくれてワグネルの大きな演奏会である定期の日を迎えました。この春には、三十余名の声の幼い一年生が入って来て、毎日の学生生活の中から貴い時間をさいて音楽を勉強して来ました。こうして毎年々々の素晴らしい音楽を私は見守って来て、この私とワグネルの音楽の仕事がもう三十年近くなったとはどうしても思えません。私たち音楽をするものは、その一回毎の勉強が新しい第一歩の初めての様な気持でその音楽の仕事の場に臨むからなのでしょう。音楽を歌うワグネリアンも、みなそんな心構えで定期を歌っていると私は信じます。今宵も若者の美しい、また力強い、深い心からの声で歌ってくれることを私は祈ってやみません。   

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ピアノ・三浦 洋一
第113回定期演奏会に寄せて

 今年も冬が近づいて、ワグネルの定期演奏会でピアノを弾く季節になりました。今年は、六月の東西四連でステージを共にした「シューベルト男声合唱曲集」と、、ワグネルの得意なレパートリーの一つである「New Moon」の2ステージを弾きますが、「New Moon」といえば、3年程前の東西OB四連でワグネルのOB合唱団が畑中先生の指揮でこの曲を演奏し、ピアノを弾いていた私は、世代を超えたワグネリアン達の「New Moon」に対する感受性の豊かさに心うたれたものでした。今回は若い現役の部員達が、この恋愛もののミュージカルをどんな風に歌ってくれるか、楽しみでなりません。若い彼らの力が定期演奏会で燃焼されるその姿には、毎年のことながら深い感動があり、そのことが私をワグネルと20年の長きに亘って付き合わせているのでしょう。今日が初ステージの一年生から、今日が最後の四年生までが一体となったワグネルにとっての最高のひとときを、私も彼らと共に体験したいと思っています。   

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 作詩・作曲・編曲者より 

作曲者・多田 武彦
中也の詩との出会い

 終戦の年、私は14才。戦災で焼け野原となった大阪の市街を両側に見て、旧制中学に通っていた。焼跡に逞しく密生した「ひめむかしよもぎ」の背景には、工業都市大阪では滅多に見られなかった群青色夏空があった。
 昭和22年、中学四年修了後、運良く旧制大阪高等学校へ入学出来、誘われるままにコーラス部へ入った。一年上の田中信昭さん(現、東京混声合唱団常任指揮者)の、あのバリトンの声を聴いたのもこの時である。メンデルスゾーンの二重唱曲「秋の歌」だった。「いつしか、踊の輪も消えて、冬となりぬ」の詩に付けられたこの歌を、田中さんはしみじみと歌い、私はこの詩のように沈んでいた。
 「四修(よんしゅう)」(当時旧制中学は五年で卒業。ただし、四年終了の段階で旧制高校を受験出来、合格したものは誇らしげにこう呼んだ)の喜びも束の間、その頃の私は、クラスメイトが余りにも秀才揃いであったために、何事についても劣弱性を感じ、極度に落ち込んでいた。中也の詩を初めて読んだのはこの頃で、16才のときであった。
 病魔に冒され、愛児を失い、短い生涯を終ったこの詩人は、祈るように、求めるように詩を書いたに違いない。目の前を流れて行く季節の移り変りや、事件を、中也でなければとらえられなかった鋭くも淋しげな感覚で、詩は見事な世界を展開していた。
 今、万葉集の権威といわれている犬養孝先生は、当時大阪高校の国語の先生で、あの有名な朗詠を毎回の授業で聴いたのだが、犬養先生は、失意の私に、「多田君は、作曲を始めているのだから、徹底してやってみたら……」と助言された。  中也との出会いと犬養先生の助言が契機となって、私はいくつかの歌曲を認(したた)めた。「早春の風」「閑寂」「また来ん春」「北の海」「汚れっちまった悲しみに」「雲雀」「六月の雨」「月の光」「冬の日の記憶」「冬の長門峡」「あばずれ女の亭主が歌った」の12曲がそれである。
 組曲「在りし日の歌」は、昭和35年、福永陽一郎先生指揮の東京コラリアーズにより初演された。前述の「早春の風」「閑寂」「また来ん春」に「米子(よねこ)」と「骨」を加え、無伴奏男声合唱組曲とした。(「多田君、君はアカペラだけを書きなさい」と清水脩先生の助言によって)
 その後、私は「中原中也の詩から」「冬の日の記憶」「中原中也の詩から・第二」の三つの組曲を書いている。いずれの組曲にも前述の歌曲のモチーフが入っている点で、「在りし日の歌」とともに、これらの作品が演奏されると、「柳河風俗詩」以前の、戦後の風景や人情が、58才の今の私の心に蘇える。悲しい日々ではあったが、かけがえのない青春の一こまを、私はなつかしく想い出す。

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ノルベルトバラッチ先生ワグネルに来たる

1988.10.28

 10月28日、我々は畑中先生のお力添えにより、来日中のヨーロッパの合唱指揮者であるノルベルト・バラッチ先生にご指導戴くという幸運に恵まれました。日本人以外の方にご指導戴くのはもちろん初めてとあって、我々も非常に緊張して練習に臨みましたが、バラッチ先生の温かいお人柄と情熱的なご指導で大変充実し、また貴重な一日となりました。ここでは当日の練習内容(略)と、練習後のインタビューの模様を掲載したいと思います。
ワグネリアンノルベルト・バラッチ先生
 本日ワグネルをお振りになって、どのような印象をお持ちになりましたか。  大変素晴らしいと思います。みなさんお若いのに発声について良くわかっていますし、良い素質がいっぱいあります。普段指導している方が大変秀れているという事が、眼に見えて聴こえてくるようです。合唱は、その指導者が鏡のように写ってしまいますから、悪い合唱団というものは存在しなくて悪い指導者が存在するわけです。
 ワグネルのドイツ語については?  今日のうちでは、僅かな箇所を直すだけで、あとは全て正しかったです。声のテクニックについては、もっと頭声の響きを練習すべきでしょう。特にシューベルトの場合などは、歌唱や発音の場合でも重要です。テノールは非常に、これは難しいのですが、メロディーを歌うわけですし、今日、来る迄にこの点は特に興味のあった点です。
 それ以外にワグネルの課題は何でしょうか。  一般化して言うのは難しいですが、例えば今日のバスの場合、わざと音色を暗くすると他パートと合わなくなりますね。そういった咽喉で押したような歌い方は一回くらいでしたが要するに音程が悪いということは発声が悪いということがわかったのではないかと思います。響きの波が下だけにできてしまっては音が低くなってしまいますから。
 近年ますます混声合唱団が盛んになってゆくなかで、我々のような男声合唱団が活動することについて、如何思われますか。  私は20年近く、ウィーンの男声合唱団を指揮してきましたが、私は男声の響きが一番素晴らしいと思います。同じ男性の声が一つの中にまとまっているわけですから、楽器でいえばチェロのようですね。それでビロードのような深い響きを持っているので、整った時の響きの美しさは大変なものです。ただ残念なことに、男声合唱団の作品がだんだん減ってきています。というのは、他のいろいろな国が、男声合唱は非常に古いものだというような事をいっているからですけど、大変残念な事だと思っています。
 それは本場のドイツでもそういう状況なのでしょうか?  とてもひどい状況です。向うでも良いものが育ってこないですね。私はウィーンの男声合唱団の中から優秀な人材を選び出して、その人たちの為に新しい現代作曲家の作品をやって来ましたが、そのうちにその合唱団の為に書かれた作品が出て来て、その作品がどんどん増えてきました。つまり、作曲家たちが、男声合唱で良い作品が演奏できるということをわかってくれたわけです。しかし、あとに続くものが、ドイツでもなかなか育ってきません。私は国際的な仕事をしているので、その経験からいいますと、イギリスのウェールズの男声合唱は素晴らしいですね。ただ、我々の国でも男声合唱が続いてゆかないというのは、指導者が混声も男声も、という幅の広い人ではなくて男声だけに留まっていて、しかも新しい現代作品に自信がなくて手をつけなかったんですね。扱われなければ書いてくれる人もいなくなって質も落ちますし、男声合唱は発展しない、ということになったのだと思います。作曲家にしてもやる人がいなければ、書いても経済的にもたないわけですね。私も現代作品をいろいろ扱いましたが、その後演奏されない、という曲も沢山あります。それと、男の人が混声合唱へ行ってしまって、もっとも女の人がいる方が合唱にひっかかりができるという事もあって(笑)、曲も沢山ありますし、そっちへ行ってしまったんです。それから、大都市に外声――つまりトップとバスがなくなっています。地方にはあるんですが、外声がいなければできませんし、この辺も理由に挙げられています。
 ワグネルに今後の活動で望まれることは何でしょうか。  私としては、秀れた現代作曲家の作品をやっていくべきだと思います。自分たちが考えているよりも難しいと思う作品をやってゆけば、はじめは大変ですけれど、団員を大変刺激して、良い結果がでると思います。コダーイやバルトークなどのハンガリーの作品をまずやっていくと、現代音楽に入りやすいと思います。曲の響きですね。ただ、幅広くいろいろなものをやるということも重要です。一つの方向ばかりに行ってしまうのは団員も興味を失ってしまいますから。私自身も外国の良いものはどんどん取り入れますし、コンサート内容もバラエティーに富んでくるので好んでやります。
 最後に何かメッセージをお願い致します。  こんな若くて素晴らしい合唱団を指揮できるとは思っていませんでした。大変正しい道にのっていると思います。皆が集まって理想を目指してゆけば、プロ合唱団と対等以上のものができるということを確信しています。

ありがとうございました。

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