1987年12月
| 5日 | (土) | ゆうぽうと簡易保険ホール |
| 13日 | (日) | 東京厚生年金会館大ホール |
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- 畑中指揮 フォーレ歌曲集II
- 学生指揮 男声合唱とピアノのための「ことばあそびうたII」
- 畑中指揮 男声合唱組曲「沙羅」
- 北村指揮 フォスター歌曲集
- 畑中指揮 歌劇「さまよえるオランダ人」より
- アンコール
先生の言葉 畑中(1)・畑中(2)・北村・大久保・三浦
作詩作曲編曲者より 新実
慶應義塾塾歌
モデム版
ADSL版
第1ステージ
「フォーレ歌曲集II」〜男声合唱版初演〜
モデム版
ADSL版
- Le Papillon et la Fleur 《蝶と花》
モデム版
ADSL版
- Nell 《ネル》
モデム版
ADSL版
- Automne 《秋》
モデム版
ADSL版
- Chanson d'Amour 《愛の花》
モデム版
ADSL版
- Clair de Lune 《月の光》
モデム版
ADSL版
- Fleur jetée 《捨てられた花》
モデム版
ADSL版
- 作曲 Gabriel Fauré
- 編曲 北村協一
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 三浦洋一
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第2ステージ
男声合唱とピアノのための「ことばあそびうたII」
モデム版
ADSL版
- かっぱ
モデム版
ADSL版
- うとてとこ
モデム版
ADSL版
- たそがれ
モデム版
ADSL版
- さる
モデム版
ADSL版
- 作詩 谷川俊太郎
- 作曲 新実徳英
- 指揮 足立 勉
- ピアノ 佐藤正浩
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第3ステージ
男声合唱組曲「沙羅」
〜信時潔生誕百年を記念して〜
モデム版
ADSL版
- 丹澤
モデム版
ADSL版
- あづまやの
モデム版
ADSL版
- 北秋の
モデム版
ADSL版
- 沙羅
モデム版
ADSL版
- 鴉
モデム版
ADSL版
- 行々子
- 占ふと
※6〜7は音源が連続演奏されます。
モデム版
ADSL版
- ゆめ
モデム版
ADSL版
- 作詩 清水重道
- 作曲 信時 潔
- 編曲 木下 保
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 三浦洋一
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第4ステージ
「フォスター歌曲集」
モデム版
ADSL版
- Gentle Annie
モデム版
ADSL版
- Dolcy Jones
モデム版
ADSL版
- Laura Lee
モデム版
ADSL版
- 'Way Down In Cario
モデム版
ADSL版
- Gentle Lena Clare
モデム版
ADSL版
- Ring de Banjo
モデム版
ADSL版
- 作曲 Stephen Foster
- 編曲 Alice Parker
Robert Shaw
- 指揮 北村協一
- ピアノ 佐藤正浩
- バンジョー・ギター
千代正行
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第5ステージ
歌劇「さまよえるオランダ人」より
モデム版
ADSL版
- Ballade 《バラード》
モデム版
ADSL版
- Chor der Norwegischen Matrosen
und der Mannschaft des fliegende Holländers
《水夫の合唱と幽霊船の合唱》
モデム版
ADSL版
- 作曲 Richard Wagner
- 編曲 福永陽一郎、藤森数彦
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 三浦洋一、佐藤正浩
- 独唱 瀬山詠子(ソプラノ)
- 賛助出演 慶應義塾ワグネル・ソサィエティーOB合唱団
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アンコール&ステージストーム
- Oh! Susanna!(フォスター)
モデム版
ADSL版
- 畑中先生挨拶
モデム版
ADSL版
- 野火(信時潔)
モデム版
ADSL版
- ただ憧れを知るもののみが(チャイコフスキー)
モデム版
ADSL版
- Go Tell it on the Mountains(アメリカ民謡)
モデム版
ADSL版
- Rolling Home(シーシャンティ)
モデム版
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- 若き血
モデム版
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- 我ぞ覇者
モデム版
ADSL版
- 丘の上
モデム版
ADSL版
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専任指揮者・畑中 良輔
第109回定期演奏会に寄せて
《合唱を通じて世界の音楽に眼をひらいてほしい》というのが、ワグネルに対する私の基本姿勢である。西洋音楽という我々とは文化の異なる国々の音楽、そしてそこに流れるその国独自の国民性に対し、感受性、理解力を持つということは、お互いを理解しようとする人間の基本的な態度にほかならない。今年は春に、5年ぶりの海外演奏旅行を行い、部員と共に私も忘れ難い様々な体験をさせてもらった。このことは、部員一人一人にとっても、ワグネルにとっても有意義なものとなるであろう。合唱を、“楽しんで歌うもの”と思われる方の多いのは当然だが、我々の合唱は“苦しみ”以外の何物でもない。その過酷なまでの“苦しみ”に耐え得た者のみが享受出来る、音楽の限りない“やさしさ”を追い求め、唯ひたすらに練習を積み重ねている。
今年の《定期演奏会》では、最終ステージに、OBの方々を迎え、ワグネルのおはことみ言えるヴァーグナーの「さまよえるオランダ人」を取り上げた。圧倒的な大人数を必要とするこの曲は、精神的にも、体力的にも超人的な持続力を要求され、それに押されることなく歌いきってほしい。
又、一方では、前回のフォーレIに続きIIとして再び北村協一君に編曲をお願いし、新しく6曲を選んだ。どの曲もフォーレの特質を発揮出来る名曲揃いだが、日ごろどっぷりとドイツ音楽につかっているワグネリアンにとって、フランスものはやはり苦手のようだ。そこで夏合宿以来、日毎夜毎フランスのエスプリを感じさせるワグネルの演奏に仕上げるため、目下練習中である。今宵、どのようなフォーレをお届けできるだろうか。
さらに今年は、信時潔先生の生誕百年に当たり、慶應義塾大学塾歌の作曲者でもある先生の代表的な歌曲集「沙羅」を、永年にわたりワグネルを育んで来られた、今は亡き木下保先生の編曲で演奏する。
フォーレとヴァーグナーという、音楽の質では対極にある二人の作品と、日本的情緒豊かな信時音楽を加えた今回の定演では、互いが相乗効果を発揮し、素晴しいものとなることを信じている。
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至高のときを
私がワグネルを振りはじめて、もう4半世紀をとっくにこえてしまった。“にも拘らず”これまで一度もワグネルの演奏に関して、涙が流れるということはなかった。うまくいった。よかった!と思うことはあったにしても。いつもハラハラ、ドキドキ、ピッチはどうか、フレーズが流れているか、言葉さばきはどうかetc……一曲とて、心安まる演奏はなかった。
まァ、その演奏に満足していては進歩は望めないのだから、現状にいつも不満を持つことが大切なのだ、と自分で言いきかせて来たのだった。
ところが、今回のヨーロッパでの公演で、私は不覚にも涙を流してしまった。ブルックナーのふるさととも言うべき、リンツ郊外の聖フロリアン修道院の大聖堂でのことである。
ザルツブルクからウィーンへ向う途中、我々はこの由緒ある、そしてブルックナーの永遠の憩いの場所でもあるこの修道院に寄った。雪の日で、真白な雪を踏んで我々はこの大聖堂に寄り、素晴しいオルガン演奏の饗応にあずかった。ブルックナーから数えて何代目かのオルガニストの「一緒に演奏しよう」という申出に、ウィーンで歌う予定のシューベルトの「詩篇・神はわがまもり」を歌うことにした。私は指揮を学指揮の足立君に托し、会堂の下に降りて行った。メンバーは各自オルガンの横に立って、静かに歌い出した。
何という美しいハーモニーだったろう。聖堂いっぱいに崇高なまでにシューベルトのあの優しいひびきが流れていったのだった。
私は呆然とし、これがワグネル?と、信じられぬほどの感動に涙がとまらなくなった。
あの純粋なハーモニーを、一体誰がワグネルに授けてくれたのだろう。ブルックナーか、シューベルトか。
これまでの私のワグネル・ライフの中で最もしあわせなひとときを、今度の旅行は私に与えてくれたのである。ワグネル! ありがとう。
「欧州演奏旅行報告書」より
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客演指揮者・北村 協一
第112回定期演奏会に寄せて
第110回定期演奏会では「ニグロスピリチュアル」、そして第111回では「シーシャンティー」と、三年前からご指導をお願いしてきた北村先生に今までを振り返ってお話をお聞き致しました。
――これまで三年間、先生に指揮をお願いしてきたわけですが、三年前と比べてどうですか――
一番最初に、ものすごく重かったというのが印象であってたと思う。ゴムまりみたいに音が躍動するという音楽は、ドイツ音楽を中心に演奏してきたワグネルだから、たぶん、両極端にあるとまでは言わなくても、非常に異質だったと言うこともあるんだろうし、お互い、目指しているものはそう変わらないと思うけど、形態としては違う指揮をするというか、僕が振る形からくるとまどいがあって……。正直言ってこれは大変なことを引受けたなあと思ったけど。
周囲にそういう(躍動感のある)音楽があふれているし、自分で音を出して歌ってみなくても、耳から自然と入っている。でもまだ、自家薬籠中のものになったとはいえないけど、ああいうものも歌えるようになってきているとは思う。例えば、会話での英語でと、舞台での英語の発音の違いが、少しはわかってくれたのではないかと……。
――今年は「フォスター歌曲集」をお振りいただくわけですが――
フォスターの音楽というのは、結局、南部で育った人だから、教会の音楽と黒人たちの中にあって生まれてきたものなので、今までの二曲とは一見違うように思うかも知れない。でも、エレメントとしては非常に似通った部分もあるし、なおかつ、ビートを持たなければならない上に、ある種のエレガントさも必要なので、三年目の集大成ということでこの曲を考えたわけ。
それから、ロバート・ショウというのは、無駄なことがなくて、少ない音で、いい響き、いい音楽を作ってくれるアレンジャーだから合唱曲としておもしろいと思うし。まあそれができるかできないかというのは演奏会次第だから。(笑)
――最後に、ワグネルの印象を簡単に言うとすれば、どのような事になるでしょうか――
練習の時の印象というのは、言うならば、“黙す青年修行僧”みたいな感じ。(笑)
それから、自分の信念を持っているような気がしないでもないけれど、“融通のきかない一徹者”といったところかな。(一同笑い)
でも、もっとフワフワしたような、軽いものをやってみたいような気がする合唱団だね。
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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
第112回定期演奏会に寄せて
第112回定期演奏会、おめでとうございます。
毎年新しい一年生が春に入ってきて、新緑の頃より約2ヶ月の間、一年生だけの特別レッスンを行っていますが、まだその頃は顔も声も一人一人別々で苦労させられます。しかし、夏合宿が過ぎ、定期演奏会の時期が近付いてくる頃になると、皆、いつの間にかワグネルの顔になってくるのです。今年は30余名もの一年生が入り、今宵の演奏会がとても楽しみです。
ワグネルの立派な歌い手としての充分な実力がついた頃になると、残念なことに卒業と言う大きな時がやってきてしまいます。しかし、4年間音楽の深い勉強を積み重ねたことが、今度は別の大きな貴い力となり、社会人としての人生に大きく役立つのですから結構なことだ、といつも自分の心に言い聞かせています。ワグネルの現役時代に限りなく高い音楽性を求めつつ音楽のありがたさを感じてくれれば、私は何も言うことがありません。
今宵もワグネル魂を持って素晴しい音楽を奏でてくれることを願っています。
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ピアニスト・三浦 洋一
第112回定期演奏会に寄せて
ワグネルとのつきあいは、かれこれ20年以上にもなり、12月のワグネルの定演は、もうすっかり僕の年中行事の一つとなっています。
今年の2月から3月にかけて僕はワグネルの欧州演奏旅行に同行して参りましたが、毎年、定演のたび、そのような様々な思い出を胸に、5つのステージにぶつけて燃えつきようとする団員たちに接することができ、また、最後のステージを歌い終え、目を真っ赤にしながら楽屋へと戻る団員たち(特に四年生)の姿に出会うことができ、ああ、ここで一緒に演奏できてよかったとしみじみ思うのです。
そして、今年楽しみなことは、久しぶりにOBの方々とご一緒に「さまよえるオランダ人」を演奏できることです。
オール・ワグネルの迫力と、現役諸君の若い情熱に満ちた歌声が聴けることを期待しています。
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ソリスト・瀬山 詠子
「ポーギーとベス」とワグネルと
その朝、大阪のホテルで朝食をすませ、ロビーに降りて来ると、3、4人の学生さんが私を待って居てくれました。1970年12月、創立70周年記念慶應義塾ワグネル・ソサィエティー合唱団第95回定期演奏会大阪公演の翌朝の事でした。ワグネルの定演で「ポーギーとベス」を初めて歌わせていただいたこの年は東京、名古屋、大阪と3回公演がありました。
大阪の演奏会が終ってほっとした私は、秋篠寺の伎芸天にお会いしにならへ出かける事にしました。そのお付き合いをして下さるワグネルの学生さん達でした。14年前の話です。
あれから何回か「ポーギーとベス」を、又「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」など歌わせていただき、いつも男声の響に包まれて幸せな気分でした。
14年も「ベス」も、もう年増でしたが、その時は「ポーギー」も“オジサン”築地利三郎さん(芸大同期生)でしたのであまり気になりませんでしたが、今回はお若い「ポーギー」と御一緒で少々面映い感じも致しますが、とても楽しみにして居ります。
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ピアニスト・金井 信
第109回定期演奏会に寄せて
本日はワグネル第109回定演おめでとうございます。私のワグネル定演への登場は、第102回の折のミサ曲におけるオルガン伴奏に次いで2度目になります。最初の練習時には、相変わらずの熱気に圧倒されそうでした。ひとり寂しくピアノに向かい、孤独と戦うことよりも、複数の人間がぶつかり合い強調しあって生み出されるアンサンブルの方に“より”魅せられてピアノ伴奏の道を選んだ私にとって、新しい人々や作品との出会いは常にエキサイティングであり、表現意欲をかきたてられる源といえます。ワグネルの毎年のように取り上げる様々のいわゆる“編曲もの”は、福永氏の好編曲と相まって、私のイマジネーションを豊かにさせ、新鮮な感動を我々に与えてくれます。今宵そのワグネルと共にチャイコフスキー歌曲集を皆様の前でムジツィーレンできる喜びは、慶應出身の私にとっては古巣に帰るようでもあり、ひとしおといえます。このステージではワグネル諸君のロシア語との悪戦苦闘振りもお聞きのがしなく!! 乞う御期待。
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作曲者・新実 徳英
メッセージ
この『ことばあそびうた』は日本の音楽素材――言語と音階(旋法)――と西洋的音楽語法との融合をを試みたものと言えるだろう。
私たちが獲得した音楽語法・技法の基礎は西洋から受け継いだものであるが、今後はそういったものをベースに、より積極的に日本の伝統的民族素材を新しい形に再生させ蘇らせていかねばならぬ、と今強く思うのである。
この曲を作曲した当時はこのような概念を意識したことは全くなかった。テトラ・コードの旋法に“生き”のいい和声づけと明快なフォルムを与えて……くらいが作曲の動機だったと思う。自分のキャリアの始まりにこのような仕事をしたのか、と振り返ってみると我ながらも頼もしいような、それでいてどころかチャランポランなところも感じたりして「やはりオレはオレでしかないな、ウム!」などとうなずくのである。
日本の古代へとつながる新たな旋律法の探究を現在の課題の一つとしているので――今後作曲していく予定の歌曲とオペラの準備でもある――『ことばあそびうた』について何か、と求められたときもついこんなことを書いたのである。
この曲の演奏にあたったのは、他の曲と同様に様々の音楽の諸要素について探究されねばならないが、それらと同時に音色についても十分に工夫されるよう願っている。つまり声の明度・彩度の使い分けである。
抜きんでた実力のあの〈ワグネル〉が、どのようにこの曲を歌い上げてくれるのか楽しみでならない。
演奏会の成功を心より祈っております。
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