111回
演奏者

 第111回定期演奏会 

1986年12月
18日(木) サントリーホール
21日(日) ゆうぽうと簡易保険ホール


演奏曲目  試聴可 
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  1. 北村指揮 Sea Chanty
  2. 畑中指揮 優しき歌
  3. 畑中指揮 Zigeunermelodien(ジプシーの歌)
  4. 学生指揮 「グリーグ歌曲集」より
  5. 畑中指揮 オペレッタ「Merry Widow」より
  6.      アンコール

先生の言葉 畑中北村
作詩作曲編曲者より 柴田藤森

特別企画 ワグネリアンひそひそばなし

 PROGRAM 

慶應義塾塾歌
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第1ステージ
Sea Chanty

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  1. Whup Jamboree
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  2. Good-Bye, Fare Ye Well
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  3. The Shaver
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  4. Shenandoah
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  5. What Shall We Do With The Drunken Sailor
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  6. Lowlands
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  7. The Drummer And The Cook
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第2ステージ
優しき歌 〜男声版初演〜

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  1. 序の歌
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  2. 爽やかな五月に
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  3. 落葉林で
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  4. さびしき野辺
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  5. 夢のあと
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  6. 樹木の影に
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第3ステージ
「Zigeunermelodien」(ジプシーの歌)

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  1. Mein Lied ertönt  《わが歌ひびけ》
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  2. Ei, wie mein Triangel  《きけよトライアングル》
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  3. Rings ist der Wald  《森はしずかに》
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  4. Als die alte Mutter  《わが母の教えたまいし歌》
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  5. Reingestimmt die Saiten  《弦を整えて》
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  6. In dem weiten, breiten, luft'gen Leinenkleide  《軽い着物》
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  7. Darf des Falken Schwinge  《鷹は自由に》
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第4ステージ
「グリーグ歌曲集」より

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  1. Jeg Eisker Dig  《君を愛す》
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  2. Med en vandlilje  《睡蓮を持って》
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  3. Takk for dit råd  《ご忠告ありがとう》
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  4. Våren  《春》
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  5. Zur Rosenzeit  《ばらの季節に》
  6. Ein Traum  《夢》
    ※5〜6は音源が連続演奏されます。
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第5ステージ
オペレッタ「Merry Widow」より

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  1. Lied der Hanna und Ensemble
          《ハンナの歌とアンサンブル》
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  2. Auftrittslied  《登場の歌》
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  3. Marsch  《マーチ》
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  4. Romanze  《ロマンス》
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  5. Tanz und Vilja-Lied  《踊りとヴィリアの歌》
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  6. Finale und Duetto Valse  《終曲》
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アンコール
  1. おやすみなさい
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  2. Vive L'amour(学生歌)
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  3. Ave Maria(Franz Biebl)
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  4. 若き血
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  5. 我ぞ覇者
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 先生の言葉 


専任指揮者・畑中 良輔
ワグネルのワルツはレンドラー?

 《合唱を通じて世界の音楽に目をひらいてほしい》というのが、ワグネル専任指揮者就任時からの私の主張である。以来26年間、可能な限り世界の音楽への窓を開いて来た。私の能力にも限界があるので、その時は曲によって、その道のエキスパートとも言える諸先生の力添えを願って来た。
 今回は最終ステージに久々に「メリーウィドウ組曲」をとり上げた。北村協一君会心の編曲で、初演時は大変好評を得、名古屋、大阪での公演も持った。しかしこの練習は今思い出してもゾッとするほど辛かった。夏の合宿でそれこそ一人一人、僅か10小節足らずの個所を何百回繰り返した事だろう。お互いに根気くらべと云おうか、百回目をこえたあたりで私はクラクラとめまいを起しそうになり、片手で杖につかまりながら棒を振った。〜二度とこんな思いはしたくない〜とつぶやいたのが何年前だったろう。もう5、6年は経ったろう。結局ウィーンふうなワルツのリズムが出来ないのである。口で云えない、理屈でない、ただ“感じる”ことだけが鍵だというむずかしさ。ただでさえヤボったいワグネリアンに、ウィーン世紀末の退廃ムードがどうして理解できよう。とうとうワルツはレンドラー(ワルツの前身で田舎踊りとでも云おうか)と化し、それでも何とか無事にすませたが、さてまた今回は………?(結果は見えているようで。でも精一杯つとめます。)
 長い一生のうちにたった4年間のワグネルライフ。夕映えの美しさが一瞬のように、この4年間が、一生の最も美しい時であるように、今回は立原道造のしによる柴田南雄さんの《優しき歌》をえらんだ。柴田さんに以前編曲を御願いした事があったが、「どなたか他にやって下さる方があれば――」ということになり、数年間オクラになっていたのだが、藤森数彦君の編曲を得て、男声合唱版初演の運びとなった。立原の詩は私の学生時代、いつも私の心の中にあり、立原と共に私の青春時代はあったといえる。言葉のやさしさ、音楽的ひびき、それらは「新古今」の尾を現代に曵きながら、西欧的なイメージとの微妙な合体を試みている。柴田さんにとっても、青春のひとときの記念碑的作曲であろう。今の柴田さんの世界からは遠くなったこの歌曲集。それでも《おもいはいつもかえっていった》筈である。傷つき、傷つけられやすい青春のかげりとひかりが、今夕さりげなく歌い出せれば…………。
 「わが母の教えたまいし歌」で有名なドヴォルジャークの《ジプシーの歌》も、すべて2拍子のジプシーの旋律の中から、スラブの哀愁と自由を讃えるジプシーの誇らかな気持ちをもって歌い込んでいきたい。これも福永陽一郎君の数多い編曲の中で、一、二、を争う名編曲である。  

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指揮者・北村 協一
第111回定期演奏会に寄せて

 去年はスピリチュアルズ、今年はシーシャンティーと、英語の曲を続けて振ることになったけど、リズムという点では際立って違っていると思う。スピリチュアルズでは、あのバックビートが特徴的だったのに対して、シーシャンティーではあれをあまり強調するとかえっておかしい。
 シーシャンティーの難しさは、ロバート・ショウの編曲を歌いこなす難しさだと思う。彼は無駄な音を省いたアレンジをするから、どのパートの音もしっかりしていないといけない。ぼくは、非常に日本人にあった編曲だと思っている。
 去年は初め、ワグネルの牛みたいな重さにびっくりしてどうしようかと思った(笑)。初めてだからぼくの要求に応えてくれるのに時間がかかったしね。例えば、こんな声は出してはいけないんじゃないか、とかツ……。でも、二年目になると、こっちの言いたいこともわかってきたようで、随分やりやすくなった。だから今年は、英語の発音の微妙なニュアンスとか、ドイツ音楽とは違った軽さや明るさとかを更に表現できたらいいなと思ってる。
 畑中先生がいらっしゃって更にぼくが振るわけだから、ワグネルから違った音楽が生み出されれば、それは嬉しいことだね。
 練習をやっていて戸惑ったことは、誰も「ハイ」と答えないこと。ワグネルが昔からそうだったのは思い出したのだけれど、全く反応がないのには参った。ぼくが何か言うと、返事をするどころか、目をスーッとそらしちゃうのだから……(大笑)。この人達はいったい何を考えているんだろうと思ったよ。
 指揮者は演奏者を通して物事を表現しなくてはならないから、まずぼくの考えをワグネルに理解してもらう必要がある。それができて初めて、お客さんに納得してもらえる演奏ができるんだよね。今日のステージがそんな演奏になったら素晴しいと思う。(談)  

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 作詩・作曲・編曲者より 

作曲者・柴田 南雄
立原道造の「優しき歌」

 わたくしが立原道造の存在をはじめて知ったのは、東大の理学部に在学中の昭和11年か12年の頃のことで、工学部の建築学科に詩を書いている学生がいる、ということを、立原と一高で同級だった人たちから聞いたのが最初でした。その一人は、君に紹介しよう、と何度か言ってくれたのですが、その機会が来ないうちに、詩人は卒業の翌年、昭和14年の春に早くも世を去ってしまったのでした。
 あの戦時中の殺伐とした時代には、立原の珠玉のような抒情詩の世界は、文字どおり幻想的な、非現実の世界に感じられました。しかも、その詩の舞台である信濃追分や軽井沢など浅間山周辺の高原は、わたくしも当時からよく知っていた土地なので、いっそうその感を深くしたのでした。ともかく、あの暗澹たる時代にあって、立原の詩はこの上なく魅力的な文学でした。
 立原の最初の詩集は昭和16年に山本書店という本屋から刊行されましたが、わたくしは夏の盛りにその本屋を探して早稲田の近くをさんざん歩きまわったのを憶えています。そんなに熱心に探した、ということはすでに立原の詩のどれかを知っていて、いつかは作曲してみたいと願っていたからだったと思います。
 じっさいには昭和17年に「燕の歌」の作曲したのが最初で次に昭和19年の「序の歌」(「優しき歌」の)に着手しました。しかし、「序の歌」をいつ完成したかははっきり記憶していません。第4曲目まではたぶん昭和21年か22年頃に出来上がり、第5、6曲は少しおくれて昭和23年に書き上げました。
 「優しき歌」は詩に関する限り、男性の若者の歌です。しかし、曲層によるのか、これまでソプラノ歌手によって数多く歌われ、テノールやバリトンの歌手による演奏はあまり多くはありません。今夜の指揮者である畑中良輔さんは、実は何年も前に、「優しき歌」の男声合唱へのアレンジを小生に依頼されましたが、わたくしの多忙からとうとう実現できませんでした。しかし、ワグネルOBの藤森数彦さんの手で立派な編曲が出来上がり、初演の運びとなったことはまことに御同慶の至りです。畑中さん、藤森さんはじめ、団員の皆さんに心からの感謝を捧げます。

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編曲者・藤森 数彦
メッセージ

 歌曲を男声合唱に編曲して演奏することはワグネルにとってはごく日常的なことですが、これが故木下先生と畑中先生という、声楽家として長く豊かな演奏・指導の経験をお持ちの方々のお蔭であることは言うまでもありません。近年日本の音楽事情は急激に豊かになり、演奏者も聴き手も珍しい曲目に触れる機会が多くなっています。歌曲を愛好する人も当然増えているのですが、新入生の六割が合唱未経験、その大半は中学以後五線紙を見たことがないというワグネルのメンバーに、ブラームスの歌曲がどうの、マーラーとシュトラウスでは声の扱いがこうのと言ってどれだけわかってもらえるでしょう。ところがそんな連中を相手に先生方は、一人一人の一生を左右せんばかりの感動を歌曲によって与えてくださるのですから、本当にワグネルは幸せだと思います。
 さて今回の「優しき歌」については、曲を知る人誰に言っても「あの曲が男声合唱になるの?」と言われました。いずれは日本歌曲も何か編曲したいと思ってはいましたが、一年前、畑中先生に「編曲しといてね」と言われて内心どうしようと言う気持ちもありました。先生のたった一言の御指示を思い浮かべながら苦しむこと数カ月、一瞬沸いたイメージから一気に編曲しましたが、あとはいつもの畑中マジックにおまかせです。道造の抒情とそれに触れた作曲者柴田氏の感動をメンバー一人一人が再現・追体験し、新たな精神の糧と出来るよう祈っています。

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ワグネリアン ひそひそばなし

〜合唱やっててゴメンナサイ!?
今回のプログラムはおとなしい!?
司会 まずはじめに、今回のプログラムについて何かないかな?
 「優しき歌」って言うのは今回初演だから、音取りも難しかったし、どんな風に下振りをしていいのかすごく悩んだね。先生の最初の練習は冷や汗もんだった。プログラム全体を通してみると、今回は少しおとなしいような気がするね。(某学指揮)
 僕は、初演の曲をやるってことにすごく意義があると思う。
 確かに、これから演奏しようとする人達のひとつの目標になるわけだから…。
 そういう意味で、初演ていうのは大事だし、大変だよね。
 僕が今回のプログラムでひっかかったのは、5曲とも編曲ものだってことなんですよ。オリジナルの合唱曲っていうのは旋律以外の部分にも面白さがあるんだけど、編曲ものばかりだとそれこそ旋律ばかりになってしまう。
 やっぱり“合唱”団なんだからね。合唱曲の持つ面白さって言うのも捨て難いと思う。
司会 ワグネルの人間は、歌曲・ロマン派・ドイツ語が好きだし、勝手に得意だと思ってるけど、そういうものが片寄ってしまう事に関してはどう思う?
 僕は、何かしら芸術を目指すところって言うのは個性がないといけないと思うんですね。その個性を土台の中心に据えて、土台を広げたり、高いものを作ったりしていけばいいと思いますよ。
 そうすると今回は土台を広げているのかな。
 他の分野をやってみて初めて、ドイツロマン派がわかるって気もするね。
 確かに、北村先生の音楽は衝撃的だったもんな。
練習が大切か、演奏会当日の演奏が大切か…
司会 練習の一回一回が大切なのであって、演奏会ではその結果が出せればいいって考えがあるけど、それについては?
 あまり堅く考える必要はないと思うよ。芸術は比べられるものじゃないって言われるけど、他の合唱団とライバル意識を持って競争して、それが練習の励みになればいいと思う。
 僕は、みんな歌が好きでやってるんだから練習に来て不愉快な思いをして帰って欲しくなかったね。だから、練習を楽しくやるってことを、まず第一に考えた。 (某セカンドパトリ)
 でも僕はそうは思わなくて、慶應のラグビーみたいに特別才能があるわけじゃないのにみんなが一丸となって頑張るって姿勢も、好きだし、大切だと思いますよ。
 そうだね。要するに、クラブを楽しくやっていく上で練習とか演奏会を書く個人が位置づければいいんじゃないかなぁ。
 お互いの歩み寄りが必要だけどね。
 僕は合唱っていうのは自己満足の世界だと思うんだ。だから、ひとりひとりがステージ上で感動できれば、それは成功したと思っていいんじゃないかなぁ。
 そうですね。僕は去年の定演ですごく感動したけど、その時他の合唱団のことなんて頭にありませんでしたよ。
 感動する要因ていうのはいろいろあると思うんですよね。例えば、キツい練習に耐えてきたとか、お客さんが一杯入ってくれたとか、純粋に演奏が良かったとか。そういう様々な形で感動が生まれてくれば、それは面白いことだし、いいことだと思いますよ。
 そういうのがいい演奏会って言うのかもね。
ワグネルは初心者が多い!!
司会 僕たちは他団にも増して初心者の多い団だと思うんだけど、そういう人間たちをまとめて演奏するって事に関してはどう?
 やっぱり、積み重ねっていうのがあると思いますよ。畑中先生の計画性っていうのかなぁ。過去の演奏が無駄になっていませんからね。
 確かに、環境の良さってあると思うね。
 ワグネルの伝統的な堅い体質っていうのはどうなんでしょうね。もっとも、ここ数年はかなり軟化してるんですけど…。
 その軟化っていう問題だけど、それは学指揮を始めとする4年生の雰囲気だと思う。だから、それは循環すると思うよ。
 ある程度の厳しさっていうのは、アマチュア団体である以上不可欠なんだろうね。
 去年、1年が入ってきたときに、これは違うぞって思ったんだけど…。(4年)
 でも、僕らが入ったときにも、そう思われたらしいよ。(4年)
 本当!? それは信じられないなぁ。来年は厳しくなりそうだから、やっぱり循環するのかね。(4年)
 質っていうのは常に変化しているわけだから、その時々に応じたまとめ方をすればいいんじゃないでしょうか。
 もっとも!!
ワグネルはソサィエティー!?
司会 ワグネルを1つの組織と考えた場合、それについてはどう?
 組織としては能率的ですけど、風通しが良くないって気がしますね。
 ある仕事に関しては、ある役職の人間だけに決められてしまうっていうような。
 僕なんかそういうもんだって受けとめちゃいますけどね。(1年)
 こんなこと言ってるから、ワグネルはソサィエティーだから、なんて言われちゃうんですよ。(笑)
 話はそれるんですけど、あまりいいなって思わないのは、歌を離れたときのつき合いが少ないってことなんです。
 歌を歌っているときに一生懸命になってるわりには、練習が終わるとポロポロ帰っちゃう。
 理由がないと飲みに行かないし…。
 でも、週4回練習で顔を合わせて、更に一緒に行動するっていうのも、うっとうしい気がするかもね。
 基本的には金がないんじゃない?(笑)
 僕は、そういうドライな関係って言うのが好きだけど…。要するに価値観の違いだよ。
ワグネル4年間で車が買える!!
司会 ワグネルにいると、1年間20万円以上のお金が必要になるんだけど、それは果たして高いのかなぁ?
 4年間で車が買えますからね。
 僕は、ブレザーだけ買えばいいもんだって思ってました。(1年)(一同爆笑)
 全体額としては高いんだろうね。
 スキーのサークルよりは安いですよ。
 そーかなぁ?
 これも価値観の違いなんだけど、僕はちっとも高いと思わないよ。それなりのものを得てると思ってるから。かえって、テニスやスキーをやるのにどうしてあんなに金をかけるんだろうって思っちゃう。
 そういう連中からすれば、歌を歌うだけで何でそんなにって思ってますよ。
 ワグネルをやってどれだけのものが得られたかって言うことだと思いますね。何も得なければそれはべらぼうに高い金額だけど、僕はお金では買えないものをたくさん得てると思ってますから…。
合唱やっててゴメンナサイ!?
司会 それじゃ、みんなどうして合唱やってるのかなあ?
 やっぱり、合唱が好きだから…。
 僕は、合唱界って普通の世界と違うから、面白い人材が多いんじゃないかって思って入りましたね。
 僕も合唱やってる人って変わった人が覆いと思うんだけど、そんな中で自分が普通の人としてやっていけるかを試してみよう、なんて気もありました。
 僕が最近思うのは、合唱やってる人間て、テニスやスキーやってる人間に対して負い目を持ってるんじゃないかってことです。
 確かに負のイメージを持ってるね。
 合唱やっててゴメンナサイみたいな…。(一同爆笑)
 合唱をやることによってそれなりのものを得てるって思えば、そんな風に卑屈になるのはおかしいよね。
 でも、僕は自分たちに負のイメージは持ってないけど、やってることが世間に評価されないなって気はする。
 僕は、やってることでその人間の評価は決まらないと思うんだけど…。僕らが思っているほど、他の人は合唱やってる人間はおかしいなんて思ってないですよ。それは被害妄想です、きっと。
 そうだな。だいたい、こんな話題が出ること自体、テニスやってるやつにコンプレックスがあるってことか。
 あるある。意地になってテニスやらないといとか…。(一同大爆笑)
合唱はやっぱり安保なのか!?
司会 ちょっと話が変わるけど、合唱の今後について聞いてしめくくりとしようか…。
 僕は、20年以内に絶対に流行ると思うよ。最近はみんな上流指向でしょ、クラシックがCMに使われたり。クラシックのエスニックとも言える合唱、絶対に“くる”と思う。
 僕は絶対に“こない”と思う。
 僕も。合唱が30年代、40年代に隆盛してたっていうのは、みんなで集まって何かをやろうって意識が人々にあったからだと思うんだ。
 安保と同じだね。
 ところが、今は分衆の時代なんだから。
 僕が思うのは、合唱界の中でも男声合唱っていうのが特異な存在だってことです。混声のように基本的な形態でもないし、女声にはない頑固さがあるから、時代の流れと同じ動きをするとは限らないと思うんです。だから、その流れから取り残されてしまう可能性が大きいですね。
司会 どうもありがとうございました。

後記
 “外部から見たワグネル”の企画は、以前やったことがある。しかしわれわれワグネリアン自身、ワグネルをどう思っているのかというのは興味のあるところであった。本来なら部員一人一人の話を聞いてみたかったのだが、今回は、各学年から数名ずつ選ばせてもらった。この座談会が、ワグネル外部へのワグネリアン感覚の紹介になると共に、ワグネル自身へのメッセージになることを祈っています。