1974年12月
| 1日 | (日) | 大阪厚生年金会館大ホール |
| 8日 | (日) | 東京厚生年金会館大ホール |
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- 木下指揮 エレミア哀歌
- 学生指揮 歌劇「真珠採り」組曲
- 畑中指揮 チャイコフスキー歌曲集
- 畑中指揮 さすらう若人の歌
- 木下指揮 合唱による風土記 阿波
- アンコール
先生の言葉 木下・畑中・大久保
作詩作曲編曲者より 三木
慶應義塾塾歌
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ADSL版
第1ステージ
エレミア哀歌
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ADSL版
- Lectio II
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- Lectio III
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第2ステージ
歌劇「真珠採り」組曲
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- 開幕の合唱
《前半部》
モデム版
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《後半部》
モデム版
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- 頭目選びの場〜友情の二重唱
モデム版
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- 歓迎の合唱〜偉大なる神ブラーマ
- ナディルのロマンス
※3〜4は音源が連続演奏されます。
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- 作曲 G.ビゼー
- 編曲 ワグネル・ソサィエティー
- 指揮 秦 実
- ピアノ 岩渕雅俊
- 独唱 鵜山 仁(ナディル)・鈴木慶彦(ズルガ)
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第3ステージ
チャイコフスキー歌曲集
モデム版
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- 何故に?
モデム版
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- さわがしい舞踏会で
モデム版
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- 語るな,友よ
モデム版
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- 唯,憧れを知る者のみが
モデム版
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- ドン=ファンのセレナーデ
モデム版
ADSL版
- 作曲 チャイコフスキー
- 編曲 福永陽一郎
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 三浦洋一
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第4ステージ
さすらう若人の歌
モデム版
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- いとしいひとがとついでゆくと
モデム版
ADSL版
- この朝 野をゆけば
モデム版
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- 私は灼熱した刀をもっていた
モデム版
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- いとしいひとの青いひとみは
モデム版
ADSL版
- 作詩・作曲 G・マーラー
- 編曲 福永陽一郎
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 三浦洋一
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第5ステージ
合唱による風土記 阿波
モデム版
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- たいしめ(鯛締)
モデム版
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- 麦打ち
モデム版
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- もちつき(餅搗)
モデム版
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- 水取り
モデム版
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- たたら(踏鞴)
モデム版
ADSL版
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アンコール
- Ave Verum Corpus
モデム版
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- Bridge over the Troubled Water
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ADSL版
- からたちの花
モデム版
ADSL版
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顧問指揮者・木下 保
第99回定期演奏会によせて
思い起こせば、昨年の定期演奏会の前後には世界中の先進国が騒然となり、我が国も諸物価高騰と石油ショックのダブルパンチを食った時でありました。鋭敏なワグネリアンは、表面は何食わぬ顔をして整然と立派に演奏会を歌い上げてしまったのです。
厳しい苦しい練習を通して作った先輩達の尊い伝統であるワグネル根性が生きていたことが実証された思いがして、誠に嬉しく力強く感じたことでした。
今年度の定演の練習に当たっても、そんなダブルパンチなど糞食え然として、ますますファイトを燃え上がらせていた様子です。
ワグネル根性万才であります。
さて、私の此の度のステージの1つは、パレストリーナ作の「エレミアの哀歌」と題する大曲を歌い上げることになりました。此の歌を通して、我々日本人の1つの弱点と言われる宗教感覚を身に着ける一助にしたいと言う願いがあったからであります。他のもう1つのステージは、「合唱による風土記 阿波」を四国のプリミティブなローカルカラーを打ち出して、皆と共に「生」を喜び合いたいのです。ワグネル根性がどれだけ生きているかを御期待下さいますよう。
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専任指揮者・畑中 良輔
卒業生たちへ
この定期演奏会で四年間、一緒に「音楽して」来たみんなと別れるこの季節は、ぼくにはつらいものだ。ぼくたちのやって来た「音楽」には、少しのウソもなかったし、真剣に音楽というもの、また、音楽とはなんであるか、そして、音楽が、ぼくたちの“生きる”ということに、どんなふうにかかわり合って来るのかを考え、歌い、日々の中に、合唱を通じて、人間のつくり出したものの中で、最も純粋な“音の世界”を追求して来た。
ぼくは死ぬまでこの“追求”をやめない。年と共に、この追求の度合いはますます激しくなり、自己に対する厳しい鞭を、自分で課して行くだろう。
卒業する君たちは、一応「音楽する」ことから離れるだろう。しかし、この四年間培って来た「音楽する心」は、消えはしないだろう。いや、消してはならないものだ。また数年で消えるようには、僕は君たちを指導しなかったつもりだ。
人間が“生きる”ということの根源的な意味を、今夕、真剣にひとりひとりが自分に問いかけて欲しい。
日常性の中への埋没が、やがて君たちを待ち受けている。しかし、ワグネリアンは、そこに埋没してしまってはワグネリアンではないのだ。
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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
第99回定期演奏会に寄せて
定期演奏会で今年のワグネルが歌う時が来た。昔からその年々の尊い一年間を積み重ねて来ている今のワグネルである。
ワグネルと共に音楽という仕事をし始めてからもう何年になることだろう。しかしそのことを余り考えたことがない。本当はもう一昔半前になるのであるが、いつも自分としては、4、5年前からのように思えて、その年月が一向にふえていかないのはどうしてなのだろうか……。正直いって自分の年も同じような考えで、年はとっていても自分はいつも若いつもりなのである。
若い力を持ったワグネリアンと常に一つの高い音楽を追い続けていると、その時その時がいつも新鮮な音楽の時であるから、昔からのことをいちいち思い出している暇がないのだろう。
私は、ワグネルが歌う音楽会の殆どは必ず顔を出しているが、ワグネルOBの何人かはその時必ずと言っていい程、“その時”のワグネルを全身で聴きに来ている。社会では立派な仕事をしているOBも、“その時のワグネル”と共に心で音楽を歌っているすがたは誠に素晴しいものである。
現役のワグネル諸君! 力の限り音楽をすることが出来る今を十分かみしめて、より高い音楽を歌って聴かせてほしい。
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作曲者・三木 稔
木下先生、ワグネル、阿波、そのミクロ回想記
昭和24年、ぼくが旧制第六高等学校の学生だった頃、生まれて初めて知った合唱のダイゴ味に溺れ、それこそ学業を投げ棄てて《メサイア》に取っ組んでいる視界の狭かった真最中、ソリストとして歌って頂く前に、その合唱団(岡山ヒューゲル・コール)の特訓に木下先生をお呼びしたことがある。合唱団の全員から、普段の何倍もの張りのある声を引き出して下さった先生の指導法に棹さして、十代の学生が生意気にも、それは邪道であって音楽はもっと違うところにあるんだ、などと団内の新聞に書き立てた記憶もある。そのあと先生には《エリア》でも歌って頂いたが、団内では大問題になったその僕の反論を、木下先生が憶えていらっしゃるはずはないとしても、今回《阿波》が先生の棒で上演されることは、僕にとっては感慨無量なのだ。
《阿波》は荒けずりだが、その後、僕の日本の伝統への関り方はより内面的になり、木下先生は例えば大和ことばの在り方について益々造詣を深めておられる。きっと、僕の方が先生の後を慕って追っかけているであろう。
ところで、ぼくの記憶に誤りがなければ、ワグネルとは初めての出会いになる。人にさまざまな相性があるように、作品と演奏者の間にも、お互いに適不適はあるものだ。ここ4、5年は聴いてないが、学生グリー全盛期に聴いたワグネルは素晴らしい合唱団であった。学生の合唱団として文句のつけようがなかった。木下、畑中両先生に負うところ大ではあったが――。そのような時でも、ぼくの体質とは随分違うんだなあ、という感じは否めなかった。
そのワグネルが、しかもぼくの曲の中でも一番ドロ臭い《阿波》を上演すると聞いて、実のところびっくりしてしまった。これはなにかの間違いか、あるいは何か深層での変化がワグネルの中で起こりつつあるのだろうか、と憶測する。
男声合唱は商売にならないといって出版者は敬遠し、カワイ楽譜が改組されたこともあって、現在《阿波》の楽譜は市場にはない。この曲は1962年、すでに12年前の作品だが、皮肉にも、やっと初版が売り切れた昨年あたりから、むしろ急速に上演回数が多くなった。このような現象が、演奏者側の変質ではなく、適当な作品に窮したという理由が少しでもあるならば、先述の商売の問題を含め、利にさとい作曲者や出版者たちに男声合唱へ二の足を踏ませている因果について、互いに真剣に考え直さねばならぬのではなかろうか。ぼく自身は、10年を経て迎えられることは、作品の永遠性に繋がるものとして素直に喜んでいるのだが、残念にも、木下先生の棒による記念すべき演奏会に立会えない。インドネシアの阿波にあたるバリ島にいることになっているからだ。バリ島には、最近ハトの会などで注目されるようになった《ケチャ》という男声群衆による土俗的な劇があるが、戦後間もなくどこかで聴いた《ケチャ》の感動が《たたら》を生むことになった。《たたら》は、ぼくの想念の中にある憧れの《ケチャ》なのだ。
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