096回
演奏者

 第96回定期演奏会 

1971年12月
11日(土) 神田共立講堂
12日(日) 東京厚生年金会館大ホール


演奏曲目  試聴可 
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  1. 学生指揮 イタリア合唱曲集
  2. 畑中指揮 月光とピエロ
  3. 木下指揮 コダーイ合唱曲集
  4. 木下指揮 沙羅
  5. 畑中指揮 Zigeunerlieder
  6.      アンコール

先生の言葉 木下(1)木下(2)木下(3)畑中(1)畑中(2)畑中(3)大久保
作詩作曲編曲者より 清水

 PROGRAM 

慶應義塾塾歌
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第1ステージ
イタリア合唱曲集

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  1. Amalilli, mia bella
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  2. Giã il sole dal Gange
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  3. Ombra mai fu
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  4. O del mio dolce ardor
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  5. Chi vuol la zingarella
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  6. Piacer d'amor
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第2ステージ
男声合唱組曲「月光とピエロ」

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  1. 月夜
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  2. 秋のピエロ
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  3. ピエロ
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  4. ピエロの嘆き
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  5. 月光とピエロとピエレットの唐草模様
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第3ステージ
コダーイ合唱曲集

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  1. JELENTI MAGÁT JÉZUS Népdal
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  2. RABHAZÁNAK FIA Petöfi Sándor(1844)
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  3. FÖLSZÁLLOTT A PÁVA Ady Endre
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  4. KIT KÉNE ELVENNI Szé kely népdal
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  5. KARÁDI NÕTÁK Népdalok utãn
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第4ステージ
沙羅

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  1. 丹澤
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  2. あづまやの
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  3. 北秋の
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  4. 沙羅
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  6. 行々子
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  7. 占ふと
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  8. ゆめ
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第5ステージ
Zigeunerlieder

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  1. He Zigeuner
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  2. Hochgetürmte Rima-flut
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  3. Himmelgabes Liebe
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  4. Einst ein Küsschen gab
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  5. Der Tanz
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  6. Ledig bleiben Sünde wär
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  7. Heiligem Eide
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  8. Gute Nacht
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  9. Meine Abendstern
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  10. Mond verhüllt sein Angesicht
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  11. Abendwolken
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アンコール
  1. 白鳥
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  2. ■■
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  3. 南部牛追い歌
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 先生の言葉 

顧問指揮者・木下 保
ワグネル気質の今昔

 ワグネルとのお付合いはもうかれこれ四十年以上になる。其の間社会の変遷に連れて学生もその時々の空気に染まって変り、また変らざる得なかった。然し終始厳然ととして変らない二つの面があった。それはワグネリアンが紳士であるべき態度と合唱音楽への真摯なる追求心であった。これは言うに易く行うは難い。凡人であり俗物の私からは立派と言って脱帽する以外にない。多面余りにも規格品的優等生には人間として面白味がない。
 今も「ワグネルソサィエティーはワルクナルソサィエティー」と言はれる言葉は残っているようだ。何も好んで悪くなる必要などサラサラないのだが、お互い胸襟を開いて人生の機微にふれて愉快に語り合う無駄な時間があっても良いのではないかと思う。
 例えば定期演奏会が済んで、先輩共々ビールを飲み乍ら労をねぎらう会等では、昔は結構ユーモアトウィットに富んだ話も堂々と飛び出した余裕もあったが、現今では時間と経済的制約の理由からか、何だかセカセカとプログラムを進めて面白味がないように感ずるのは矢張り世代の差であろうか。それとも私自身が益々老境に入ってしまった淋しさと僻みから来る心情のせいか。

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コダーイ男声合唱曲集を演奏するにあたって
 私の今回コダーイを取り上げたその狙いには、直接音楽とは結びつかないかも知れないが、ハンガリーと日本との共通性といったところである。周知の通りハンガリー人はヨーロッパ属しながらも人種的には蒙古系に属し、その言語・音の感じ方は日本人と非常に似ている。その歴史は日本と対称的に長い間に幾度も外敵の侵略を受け、そのうちヨーロッパの多くの民族の雑種の様になったが、精神的には外からの侵略にもかかわらず古来日本人と似かよったところがある。これは私が実際ハンガリーに行った時に感じた事であり、私はハンガリー語が全く分らないにもかかわらず、耳から入ったハンガリー語の感覚が日本語と非常に似ているものである事に気付き昔から大変興味をもっていた。
 ハンガリーの歴史の中でコダーイの生きた時代は混乱期の真っ最中であり、その中でコダーイ・バルトークなどは民族的な意味からも、民謡の収集を計り、バルトークが芸術的面のみでそれらの民謡をとらえたのに対し、コダーイは芸術プラス教育という面から、すなわち偉大な音楽教育者であった。わが国ではハンガリーを第3者的に見るので、一般的な芸術的評価という点ではバルトークの方を買う傾向があるが、ハンガリー大衆では、むしろバルトークよりコダーイの方が買われている。私は純粋な芸術的見地からも、コダーイはバルトーク程鋭くはないが、それだけに広さとか、健康的、民族的、国家的であると言えると思っている。
 以上の事より考えてみると、現代コダーイの存在というのは将来の音楽や文化、国学を伸ばして行くのに非常に参考になる。というのは日本は日本独特の音楽を持ちながら、当然に明治になり欧米の音楽を取り入れて今日に至っているのであるが、現在ではそれが渾沌としている感じがする。例えば非常にドイツ的であったり、フランス的、イタリア的であったり、その意味からも国の混乱、文化の混乱期に民謡の収集を計り、音楽教育の面で「コダーイメソッド」を作り出し、ハンガリーの将来の行く道を示したコダーイの存在は、我々の将来の模範を示している様な気がする。従って、コダーイの音楽の評価が将来どのような評価を受けるかわからないが日本の将来の良い指針になると思い、私はかねがねワグネルでコダーイを取り上げなくてはと思っており、そして今回学生からの要望に大賛成したわけである。
 以上述べた様に、私はハンガリー語は全くわからない。しかし、コダーイの音楽的側面は別として、感覚的にコダーイの音楽や狙っているところが大体分る様な気がしたし、2〜3回の練習で学生諸君が何の抵抗もなく歌っているのを見てますます自信を深めた。その意味から、自分としてこの曲の仕上がりを楽しみにしているところであり、演奏会終了後、各方面からの批判を聞き、それを今後の反省の具にしたいと願っている次第である。  

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「沙羅」の再演に当って
 言うまでもないが「沙羅」は信時潔の数多くの歌曲の中でも傑出した一連の独唱曲集である。数年前ワグネルが福永陽一郎氏に委嘱して男声合唱に編曲して頂き、私の指揮で初演したのであるが、その成果はすばらしいものであり、ことに歌った学生自身に、一寸オーバーかも知れないが一種の精神革命を呼び起こさせた様子が察しられた程である。
 福永氏は「沙羅」の持つ芸術的奥行の深さ広さを、男声合唱の持つ音楽的機能を最大限に駆使して表現された。その感銘の余韻の未だ消えやらぬ時期に、是非再演をしたいと言う学生諸君の切なる願を入れて斯くなった次第である。
 そこでかねてから「沙羅」をもっと普及し易い一つの方法として、合唱の技術的に容易で比較的初歩的段階にある男声合唱団にも演奏可能な編曲を考えて居た。その一つの試みとして私自身が、最も平易に編曲したものを演奏する事にした。ワグネルの技術を持ってすれば或は福永氏の編曲の方が歌い甲斐はあるであろうが、前述の意図があって此度は余りにも独唱風に演奏してみたい。然し一面編曲の仕方が余りにも単純であるから、歌詞の持つ味を表現する事の重要性が浮かび上がって来る。
 此度の演奏では「沙羅」の持つ日本語の美しさ広さを十二分に発揮してみようと思う。  

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専任指揮者・畑中 良輔
ワグネリアンへ

 ぼくたちは音楽を聴く。音を聴く。しかし、いろいろな音をきいているうちに、それらの音が、ただ感覚から入って、そこで終結してしまう音と、そうでない音があるのに気附かされて来る。つまり、その音が感覚から導入されて、人間の精神のいちばん深いところへとどき、その精神を揺り動かしてしまう音である。
 ただ感覚に訴え、感覚を刺戟する音楽が必要なのなら、ただ美しく、ただ劇的であれば事足りるかもしれない。しかしぼくたちが、少なくとも、ワグネルの諸君が(ぼくをもふくめて)求めている音、音楽は、精神の充足であり、渇仰であり、音楽を通じて、ひとつの〈完璧な世界の創造〉であらねばならない。もっと、人間の存在の根源からの叫びが、音を受容し、更にそれを創造に昂めなければなるまい。
 音楽すると言うことは、ひとつの哲学を自分の中に拓くことである。そして、ときには絶望に近い忍耐と、人間の限界への勇気ある男らしい挑戦が、音楽を通じて試みられたとき、ぼくたちは〈高貴なる世界〉の存在を信ずることが出来るようになる。
 君たちワグネリアンは、これを四年間のうちに成し遂げねばならない。君たちは自ら求めて音楽の苦しさを自分に課したのである。その時、君たちひとりひとり、誇らかに叫んでよいのだ。
 “音楽によって精神を鍛えられたる者の顔を視よ”  

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怒れピエロ
 「月光とピエロ」を、ワグネルの定期で私がふるのは二度目です。10年程前のことです。もうこの曲は、日本の男声合唱曲の中では古典となってしまいました。しかし、古典と云っても、この名曲は今のわれわれに訴えかける力を少しも失ってはいません。むしろ「時」という厳しい批判の眼に耐え抜いて、なお現在にあって、強い主張を持ちつづけ得る稀有の名作といわねばならないのです。すぐれた作品というものは、如何様な解釈をも許容するものです。その作品へのわれわれのアプローチの仕方は、無限に存在すると云ってよいでしょう。その解釈、表現の多様さのために、作品の本質が見失われてしまうほど、作品というものは弱くはないのです。脆弱な作品ほど、解釈の自由を許しません。私は10年ほど前の「ピエロ」では、ピエロの悲しみを描いてみました。しかし今ふりかえってみますと、その「悲しみ」は個人的な、むしろ「閉ざされた世界」であったように思われるのです。この10年に、私自身も成長しました。作品の本質を見据える「眼」が、更に深くなって来たのかもしれません。
 ある日、私はコリン・ウィルソンの「アウト・サイダー」という本を読みました。この理論家は、無類の音楽ファンで、レコードも何千枚というコレクションもあり、彼の「音楽を語る」というエッセイ集は、なかなかのものです。この「アウト・サイダー」は、私の人生の中にひとつの視点を開きました。物の見方――考え方に、ひとつのステップを与えてくれました。その頃、九州の西南学院グリークラブから「ピエロ」の指揮を頼まれたのです。ピエロのアウト・サイダーとしての現代が、私の心の中にカオスの世界を造りはじめました。音楽というものが、私の中に明確なかたちをとるまでに、私はすごく長い時間のかかる習癖があります。表現すべき対象へのイメージの定着は、私にとっては相当長い間を必要とするのです。
 ピエロの悲しみを、果たして単なる悲しみとして表現してよいものだろうか。今という時点において、凡ての人が共感し得るピエロの悲しみとは一体何であるか。ピエロにとって、なくてならぬもの、それはコロンビーヌです。イタリーにその昔始まった「コメディア・デラルテ」の即興劇の起源からして、この二人は離れようにも離れられぬ存在であった筈です。そのどちらかでも欠けるという事は、“人生の時”をとめてしまうことにもなるのです。
 ――コロンビーヌの影もなし――
 コロンビーヌを失ったピエロの頬に涙が流れています。失ってはならぬものを、彼は失ったのです。それでもピエロは笑おうと努力します。お白粉をぬったくって、感情をおしころして、非人間的な存在を、自分に強いようとし、又、周囲もそれを強制して来るのです。望むと望まないにかかわらず、今の私達にも、多かれ少なかれこの“存在への不安”はのしかかっています。私達は失ってはならぬものを次々に失わされています。空気を、太陽を、いのちを、愛を。私達のための文明と呼ばれた筈のものが、人間の尊大な思い上がりのために、今やおそろしい復讐を宣言しているではありませんか。おそらく、この「文明」は、私達と近い将来に対決を迫るでしょう。それまでに、私達は失ったものを取戻さねばならない。ピエロはコロンビーヌを取戻さねばなりません。
 コロンビーヌを連れ去った者は誰か ピエロは踊っているのではありません ピエロは歌っているのではありません
 コロンビーヌを取り戻すための慟哭ではありませんか。したたる涙を、ぼくたちはこの手に受けよう それには“怒り”を以てするより方法はありません。存在への不安と、生命の獲得のために、ロックの持つエネルギーは決して商業化されてもならないし、正しく評価もされなければなりません。今こそ孤絶の現代の中に、“怒り”をもって私たちはこの「月光とピエロ」を歌い上げたい。それは私達の“いのちの保証”でもあり、現代への告発でもあるのです。あなたはいたずらに悲しんでばかりいられますか? 無気味な音をたて、めりめりと音をたて、不安は私達に絶え間なく近づいて来る。あなたはその音をきいてないのですか。逃れようにも、逃れる事の出来ない現状況を誰が造り出したのです。昭和24年に生れた「月光とピエロ」は今やそのすべてを変容しました。今夕のピエロは、今までのピエロではありません。Oの形の口をして歌うピエロはうめいています。滅亡への秋をうめくピエロは未来への予言者かもしれない。それは絶望に歪み、引きつったまっ白の、感情を失くしたピエロの顔です。怒ろうピエロ  

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「ジプシイの歌」について
 ブラームスの「ジプシイの歌」は、約10年ほど前に、ワグネルの定期で演奏しています。しかし、その時は全11曲ではなくて、ブラームスが特に選んで独唱用に編曲した8曲を演奏しました。当時は、私がワグネルの常任指揮者になって日も浅く、ドイツ語があまり堪能でなかったメンバーに全曲はとても不可能と考えたからなのです。おききになってわかると思いますが、ずい分早口のドイツ語の曲もあります。言葉を発音するだけで、今にも舌を噛みそうな気配です。第6曲や第9曲になると、それこそ必死の形相で、唾を飛ばんばかりの大熱唱になります。オペラ・グラスで客席から覗かれるのも一興です。きっと笑いをこらえるのに、聴く方が必死になることうけ合いです。最前列はいいとしても、前の列の人は、首筋がツバキでぬれているかもしれませんヨ。とにかく聴くにはおもしろく、歌うにはむずかしい曲です。ブラームスの作品の中ではむしろブラームス的ではないと云ってよいでしょう。ブラームスはヨーハン・シュトラウスの、あの優美なウィンナ・ワルツをとても愛していましたが、彼自身、あのように甘美で優雅な音楽は書けませんでした。
 ブラームスはハンブルグの生れです。北ドイツの風土がもたらす思考的な音楽の世界は、ブラームスにも影響を与えずにはおきませんでした。南ドイツの、感性に富んだ、自由でしかも北ドイツにくらべると享楽的な(それはイタリーに比べるとまるで哲学的なのですが)音楽はとうとう一生通じて書けませんでした。最近はそうでもありませんが、第二時大戦までは、フランスやイタリーのひとたち(ラテン系のひとたち)のブラームス嫌いは大変なものでした。ブラームスの作品には、感能のよろこびがないからです。サガンの小説に「ブラームスはお好き?」という題の作品がありますが、これも、いろいろのアイロニーがふくまれています。ブラームスの音楽は、一種の哲学的な要素が強いので、若い人たちに一時敬遠される時期があります。けれど、人生の半ばも過ぎるころ、ブラームスの作り出した音の世界が、どんなにすばらしいものであるか、きっと思いあたる時が来ると思います。私は目下、ブラームスの室内楽一辺倒です。「クラリネット五重奏曲」「弦楽六重奏曲」「ピアノ四重奏曲」などは愛聴曲です。
 さて、この「ジプシイの歌」は、そうした音楽を哲学するブラームスの作品の中では、たしかに異質です。彼としては、このように情熱を外に発散させた作品はあまりありません。ジプシイと云っても、ジプシイの旋律を使っているわけではなく、コンラートの詩の内容が、ジプシイ生活をえらんでいるのに過ぎないのです。しかしハンガリーの音楽は元来日本と同じで、二拍子しかなく、ブラームスはこの曲全部を二拍子で作曲しました。しかし同じ二拍子の中に、ブラームスは何と多くの感情を表現したことでしょう。
 第1曲の暗く、よどんだやり場のない情熱。
 第2曲の悲哀と憧憬の交錯。
 第3曲の諷刺に富んだ愛らしいオノロケ。
 第4曲の恋の傷みとよろこびの甘美な想い。
 第5曲のひとつの酒場での情景。
 第6曲の青春の若々しく軽やかな飛翔。
 第7曲の恋の真実への切ない。
 第8曲のボヘミヤの果てしない原野の夕ぐれ。
 第9曲の燃え立つような情熱のほとばしり。
 第10曲のデリケートな心理の綾。
 第11曲の壮大な夕映えを背にして恋の憧れの永遠の歌――――
 これらの曲たちが、奔放な情熱をたぎらせるためには、少々の練習ではモノになりません。聴いて下さる方々の心の中にも、同じような情熱のほとばしりがなくてはなりません。そのためには、メンバーひとりひとりの燃焼のすさまじさが溢れてこなくてはならないのです。男声合唱用の編曲者は不明ですが、今夕はジムロック社の版によった演奏です。これは原曲の調子から一音高く移されています。旋律をより情熱的に、そしてバスを更に下へひろげる事によって、混声には出せないパッショネートな世界を築く事が出来るのです。原調による編曲には福永陽一郎君の名編曲があります。  

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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
 美しい秋がやって来るとやがてすぐにワグネルの演奏会がそれにつづく。不思議なことに、この東京にも毎年やって来てくれる秋が、つい先日のように感じるのは私だけだろうか。一年が別に短くなったわけでなし、やはりそれは音楽を作る仕事に夢中になっている間に、自然は今も美しく正確に変って、その中に居ながら、その大きな舞台の転換にはっとし、今年の秋の美しさに、より深く心をひかれるのである。定期演奏会は毎年心を新たに行われるものではあるが、それは歌う人も、聞く人も、更に高い音楽に向かっていなければならない。同じ作品も、演奏される度にその「曲の力」が、歌う人の心で色々と異なり、現在の演奏は、その作品の「最も今の音楽」でありたいと考える。ワグネルの諸君も学業の余暇に音楽をすると言う様な、なまやさしいものではなく、学業と共に、音楽を作る厳しい仕事をこの一年間やって来ている。しかし毎回の練習が、その度毎に、多少なりとも、より深いもの、より高いものへと進み、各自の心が音楽の何ものかによって満たされてくれているだろうか、時々私は疑問に思う時がある。各自が毎回の仕事の中から当然得るべきものを得て、一人残らずあるもので満たされ、それが積み重なってこそ音楽の演奏に大きな力となって表われるのである。仕事の一つである発声練習と言うものは、声の体操ではなく、言葉以上の意味のある表現力をもった心の声の演奏の一部であると考えてほしい。
 ワグネリアンは今一度、自分の音楽の仕事に対する本当のすがたをよく見つめ、今後に向かってこそ最も高いところに一歩でも近づくことが出来るのである。  

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 作詩・作曲・編曲者より 

作曲者・清水 脩
「月光とピエロ」を作曲してからもう22年が経過した。今夜、こうして歌ってくれるワグネル男声の諸君の大部分はまだ生まれていないのだから、考えてみれば、おかしなことだ。
 20年の間に、この曲は何回うたわれただろうか。途方もない回数になるにちがいない。人はこれを邦人合唱曲の「古典」と言っている。それはどういう意味なのか。言人によって異なる意味を持っていると思う。作曲をした当のぼくが、自分で「古典」と言う訳にはいかぬが、敢えていえば、ぼくの作曲家としての閲歴の大きな区切りである。いや、むしろぼくの作曲歴の一つの出発点であったときめる方が当っているだろう。
 事実、ぼくはこの曲以後、おびただしい数の合唱曲を発表した。それ以前は、ごく数える程しかない。もっとも、だからといって、この曲がこんなに歌われるとは夢にも思っていなかった。ただただ、好きな合唱のために曲を書いたというにすぎない。
 作品というものは、それが誕生した時、どのような運命をたどるのか、作曲者自身は勿論誰にもわからない。予測や予言はできるかも知れぬが、それはあくまでも不安定であって、断言ではない。後になってから何とでも言えるが、その時でも、それから後どのようになるか、やはりわかるものではない。
 今夜、ステージからきこえてくる「月光とピエロ」は、音の存在としては、一回限りである。外の誰かが引き続いて歌ってくれるかも知れないし、今のぼくは、必ず歌いつがれると信じているが、本当は明日、ばったりと途絶えて、もはや音として確認することがなくなるかも知れないのである。
 作品とはそういうものだ。とすれば今夜の「ピエロ」を、歌う人も、聴く人も、いつくしみ、いたわってほしいと願うのが、ぼくの精一杯の気持である。   

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