1964年12月
| 27日 | (日) | 東京厚生年金会館大ホール |
| 28日 | (月) | 東京厚生年金会館大ホール |
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- 木下指揮 シューベルト男声合唱曲集
- 畑中指揮 レイナルド・アーン歌曲集
- 学生指揮 合唱組曲「山に祈る」
- 木下指揮 四つのハンガリヤ古謡
- 畑中指揮 Schicksalslied《運命の歌》
- アンコール
先生の言葉 木下・畑中・大久保
作詩作曲編曲者より 北村
慶應義塾塾歌
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第1ステージ
シューベルト男声合唱曲集
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- Gesang der Geister über den Wassern Op.167(1820)
《水の上の精霊の歌》
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- Geisterchor Op.26 No.8(1823)
《精霊の合唱》
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- Die Nachtigall Op.11 No.2(1821)
《夜鶯》
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- Bootgesang Op.52 No.3(1825)
《舟歌》
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- 作曲 F.Schubert
- 指揮 木下 保
- ピアノ 辻 敬夫
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第2ステージ
レイナルド・アーン歌曲集
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- D'yne Prizon
《牢獄にて》
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- Sie Mes Vers Avaient Des Ailes
《私の詩に翼があれば》
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- Paysage
《風景》
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- Mai
《五月》
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- 作曲 R.Hahn
- 編曲 北村協一
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 大場俊一
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第3ステージ
合唱組曲「山に祈る」
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- 山の歌
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- リュックサックの歌
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- 山小屋の夜
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- 山を憶う
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- 吹雪の歌
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- お母さん、ごめんなさい
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- 作曲・編曲・構成
清水 脩
- 指揮 高木正泰
- ピアノ 辻 敬夫
- 朗読 加藤道子
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第4ステージ
四つのハンガリヤ古謡
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- モデム版

ADSL版
- モデム版

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- モデム版

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- モデム版

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第5ステージ
Schicksalslied《運命の歌》
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- 作曲 J.Brahms
- 編曲 北村協一
- 指揮 畑中良輔
- ピアノ 辻 敬夫・大場俊一
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アンコール
- 五木の子守唄
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- グリーンスリーブス
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- 流浪
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- 丘の上
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顧問指揮者・木下 保
此度の演奏に際して
バルトークがニューヨークで恵まれない境涯で最后を遂げて以来、彼の残した作品が年と共に輝きを増し、その偉大な作品の演奏は全世界の楽壇を賑わせだした。
私も今までにバルトークの全作品を聴いたり研究し終わったわけではないが、其の一部を聴いただけで全く魅了された。
バルトークは生涯種々様々なものの蒐集癖があったようである。中でも専門に属するハンガリーの民謡の収拾には彼の前半生を打ち込んだと言われている。
今度演奏する作品も其の範疇の一片に過ぎないが、非常に素朴な民謡を素材として男声合唱に作り上げたものである。
ハンガリー民は我々日本人と民俗学的にもつながりがあり、今度歌われるマジャール語も日本語の響きに共通したものがあり、我々にとっても妙に近親感をおぼえるのも、またむべなるかなである。
我が国の合唱界としても恐らく初めての研究であり、大学生の意慾的な試みとしての自負を持って居る様子である。
精一杯の演奏を念じて居り、大方の御期待をと乞う次第である。
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専任指揮者・畑中 良輔
今夕のことなど……
みなが、ワグネルにいる四年のあいだ、世界の音楽に、合唱を通じてふれることが出来るように、そして、それら各国の音楽から、おのおのがより高くゆたかなものを形成できるようにと、つねづね私は考えている。
毎年の定期演奏会のプログラム・ビルディングは、ただ演奏効果を挙げるためにのみ組んでいるのではなく、日吉や三田で学ぶことの出来ない、人間として“大切なもの”を感得するように、私も部員も激しい練習に耐えて来ている筈だ。
昨年は、はじめてフランスの音楽に取り組み、又ワーグナー生誕150年を記念して、学生合唱には不可能と思われたワーグナーの「さまよえるオランダ人」第三幕のコーラスに体当りした。あの圧倒的な演奏は、ウィーンの国立歌劇場のそれよりも壮絶であったが、今年はその声を如何にコントロールするかの年に向けてみた。
昨年のカントループの「オーヴェルニュの歌」はフランス音楽とは言っても、清水脩先生の名編曲、中山知子氏の名訳というわけで、オリジナルなものではなかった。今年はフランスのメロディを言語で、声をコントロールしながら、美しくハーモニーさせてみたいと思って、レイナルド・アーンの作品をえらんだのである。アーン(Hahn1875〜1947)の歌曲は魅力的な旋律とニュアンスに富んだ和声に支えられて、知性と感性のバランスのとれた、如何にもフランスの歌曲らしい内容を持っている。
烈しさのない代りに、ここには夢と憧れのたゆとう中に、かすかな心の傷みをきくことが出来よう。
ヘルダーリンの「ヒューペリオン」を読んだ方には、彼の運命の苦しみから、至高の神性への飛躍が、痛切に感じられることだろう。最もヘルダーリン的な孤高、清冽、雄偉の世界は、ギリシャへの愛に他ならぬ。神々と自然と人間が、愛によって結ばれる時、彼の理想は更に高く輝くのである。しかし、この「運命の歌」では、絶対の神に対して、人間共の流転が歌われ、現世の矛盾を烈しく訴えかけている。
ブラームスはこの詩の精神を更に深く突込んだ。即ち前半の清澄なギリシャ精神に充ちた透明な美しさに対して、後半の定めない流転の思想を、ブラームスは拡大し、我々に襲いかからせたのである。
この曲は元来、オーケストラと混声合唱のために書かれたが、原題の「ヒューペリオンの運命の歌」の示すように、男性のものである。ブラームスは混声に作曲するにあたって、ヒューペリオンの字を消し、ただ「運命の歌」をしたが、この原題に注意されたい。
今回は、アーン共、北村協一君の名編曲を得て、感動深い演奏をしたいと考えている。
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ヴォイストレーナー・大久保 昭男
ついこの間、あの暑かった東京から離れて、志賀高原での夏の合宿をしたばかりの様に思えますが、今年は秋が少し早くやって来て、いつの間にかカレンダーも後一枚きりになって、木の葉も冬の色に変り、また定期演奏会が参りました。春、夏、秋と日頃の練習で得たもの全てを、この演奏会で心の声でもって本当の音楽をつくりあげ、全身で合唱する歓びは、本当に美しい感激でありましょう。その感激はワグネルの一人一人の心の奥深く、はっきりと刻み込まれてゆきます。なまの演奏というものは、一つの不思議な大きな力を持って聞く人の心に迫って来るものです。それは、一年間、いや、四年間、三年間、二年間、音楽に向っての美しい、しかも厳しい練習を積み重ね、その本当の音楽をつくるためにある美しい苦しみに耐えぬいた人たちの、大きな集まりから湧き出るものが、全く一つの流れとなって歌われるからなのでしょう。美しい声、音楽的な少し美しくない声、話しかける様な声、力強い声、数えきれない表現力のある声がそれぞれの曲に必要なわけです。その声を作りだし、訓練する為に、ワグネルの諸君と努力をして来ましたが、これだけは充分という事は出来ないむずかしいことなのです。これからもより厳しい練習を積まねばなりません。
合唱に於て、人間の尊さとすばらしさを表現するということはとても大変なこととは思いますが、その表現の出来る音楽である大きな美しいものに向ってする苦しみは、終生忘れる事の出来ない思い出であり、一つの素晴らしい“もの”に違いありません。
今夜、聞きに来られました方々、それからワグネルの諸君のためにも、今夜の演奏がより以上の音楽になりますように神に祈ります。
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編曲者・北村 協一
定期演奏会お目出度う。一年の成果をこの時に表わす定期演奏会は感激なしに聴けません。ことに今年は私の編曲したものが多く、又、畑中先生の渡欧の間六連・四連・合宿と共に音楽をした私にとってワグネルの歌をきいているといろいろな思い出が走馬灯のようにめぐります。六連の楽しそうな演奏、四連の時大いにむくれたこと、大阪の本番の時高いFの音を出す時のバスのうれしそうな顔、フランス語の発音で口元がひきつれをおこしそうになるまで練習したのに浩子先生があまりぱっとしない顔つきだった夏の合宿のこと、そして編曲の締切に悩まされたこと。苦しい練習を通してそれらの思い出を子の歌われる数々の歌は、何かどっしりと胸にこたえるものがあります。
今年も一年経ちました。下級生の人ももう四年生と歌う機会があまりありませんね。声を大にして、いい音楽の場を作って下さるよう祈ります。
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